太郎くんを迎えた時を0歳だと思えばいいんじゃないの?

「こう育てなきゃいけない」という思い込み

 「特別養子縁組で子どもを迎える」と聞いたら、おそらく大抵の人は「新生児から1歳前後の子ども」を想像するでしょう。しかし我が家の場合は、児童相談所から太郎くんを紹介された時、彼は4歳(学年でいうと年中)でした(第6話参照)

 子育てを経験したことある方にとっては釈迦に説法かも知れませんが、子育ては親が思っているようにはいかないことの方が多いものです。太郎くんとの生活を始めた当初は「我が家では、ありのままの太郎君を受け入れる子育てをしよう」と決めて、そのようにやってきたつもりでした。ところが、月日が経つにつれて、思うようには行かないことがちらほらと出てきたのです。親の理想と目の前の現実が同じ……ではないことが目につき始めてきました。

 たとえば、太郎くんがあと半年で小学生になるという現実を前にして、私の中に「この年齢なら、これくらいのことはできて当たり前なのでは」という思いや第22話参照、世間一般の常識に合わないと学校生活に馴染めないのではという焦りが生まれてきました。また、我が家は夫がアメリカ人なので、やはり太郎くんには日本語と英語のバイリンガルになってもらいたいという想いなど、私の中での願いがどんどん膨らんでいったのです。そして、自分でも気づかないうちに「この子は、こう育てなきゃいけない」と型にはめるようになっていきました。

 また、当時も私はフルタイムで仕事をしていました。夫は日本語があまり達者ではなかったため、家庭のことで対外的に日本語でのやりとりが必要な状況になると、夫ひとりに任せることはできませんでした。そのため家庭内における私の負担が大きく、ときには「我が家は2人の男の子がいる、ひとり親の家庭」だと感じることもありました。自分の負担を減らすために夫を教育するという選択肢もありましたが、その頃の私にはそれをする忍耐力も時間も気力もなく、「それなら私がやった方が手っ取り早い」と、ほとんどのことを自分がやるという毎日でした。

 このような日々が続き、自分がいっぱいいっぱいになった私は、思い切って太郎くんを担当している児童相談所と児童養護施設の職員に相談をしました(この時、太郎くんはまだ戸籍上は我が子ではありませんでした)。職員たちには担当している児童がたくさんいるので、個人的な相談をしたことはあとになって考えると恥ずかしい限りですが、当時の私には誰に相談していいのかわからず、追い込まれていました。相談して、すぐに解決策に結びつくようなアドバイスが頂けたわけではありませんでしたが、親身に話を聞いていただいたことで心はすっきりしました(職員の皆様、ありがとうございました)。

母に背中を押されて気づいたこと

 その後も問題は解決せず、我が家の状況を知っている親しい友人や両親に相談をする日々が続きました。相談と言うよりも、私の愚痴を聞いてもらっていました。そんな中、またしても私が弱気になって、実家の母に子育ての相談をしていたときのこと。母が私にサラッとこう言ったのです。

「ねえ、太郎くんを迎えた時を0歳だと思えばいいんじゃないの?」

 その言葉を聞いた瞬間、私は目の前がパッと明るくなった気がしました。その言葉が私にはとてもしっくり来たのです。

「そう、その通りだ。そう思えばいいんだ!」

 それまで心の中を覆っていたモヤモヤが一気に消え去り、自然に笑顔になったことを何年もたった今でもはっきりと覚えています。

 それからの私は「と言うことは、我が家に来た日を“第2の誕生日”とするのもいいかも」などと考える余裕も生まれ、「この子はこの子なんだと考えよう」という自信も湧いてくるようになりました。そして、「ありのままの太郎くんを受け入れる子育て」や「太郎くんが我が家に来た時が0歳なんだ」ということを忘れずに、「周りの目や世間一般の常識を気にしない子育て」に切り替えたのです。

やりたいことを思う存分やらせる理由

 私たち夫婦が、「周りの目や世間一般の常識を気にしない子育て」に切り替えてから行ったことはいくつもありますが、そのうちの2つを紹介しましょう。

 ひとつは、食料品などの買い物先のスーパーマーケットでの行動です。店内で太郎くんが「ショッピングカートに乗りたい」と言ったら、私たちは必ず乗せることにしました。これは太郎くんが小学校3年生になるまで続きました。一般的には「こんなに大きな子がショッピングカートに乗るなんて」と思われる年齢ですから、「親はどういう神経をしているんだろう? 甘やかすにもほどがある」などとジロジロと見られたものです。

 もうひとつは、おんぶや肩車を断らないこと。おんぶは私、肩車は夫の役目でしたが、これも太郎くんがそれなりに成長するまで続いたので、世間的にはジロジロと見られました。でも、私たち夫婦は周りにどのように見られようと一切気にしないと決めていたので、太郎くん本人が必要ないと思うまで続けました。

 5歳で我が家にやってきた太郎くんは、それまで家庭で生活をしたことがありませんでした。児童養護施設では職員が買い物に行きますし、大勢の子どもたち暮らす中で子どもが望めばいつでも大人に抱っこをしてもらえる環境ではありません。ですから太郎くんは日常生活の中で、スーパーに買い物に行ってショッピングカートに乗ったり、誰かに抱っこをせがめば、必ず抱っこをしてもらった経験が乏しく、太郎くんに限らず、家庭で生活できない子どもたちみんなが直面している現実なのです。

 この背景があるので、太郎くんはいくつになってもカートに乗りたがったり、抱っこをせがむ……つまり、これまで経験してこなかったことを埋めようとしているのです。そして、不足していた経験を埋められる環境が我が家であり、私たち夫婦なのです。

 以前、施設の職員さんから頂いた本『もういちど親子になりたい第20話参照)の中にも、「子どもは、やりたいことをやり満足すると自然とそのうちにやりたいと言わなくなったり、やらなくなります。また、周りを見て、やっている自分が恥ずかしいと思うようになり、やらなくなることもあります」と書かれています。子どもはありのままの自分を受け入れてもらったことを確信すると、心理的に安定し、それが行動に現れるそうなので、そのときが来るまで私たちは太郎くんの要求を受け入れ続けることにしたのです。

 私たちが太郎くんとの生活を始めてまだ数カ月ですが、日々の子育てを通して「子どもの心の状態」や「心理学的なアプローチ」がとても大切だと思い知らされています。

 我が家の特別養子縁組体験記はまだまだ続きます。次回もお楽しみに!

<前回までのお話>

特別養子バナー

おすすめ記事