一服流、アンガーマネジメント
介護って何だろう?

【やまなし介護劇場
「母、危篤」の連絡を受け、東京から故郷山梨へ飛んで帰って早10年。50代独身の著者が愛する母を介護しながら生活する日々を明るくリアルに綴ります。

曲がりなりにも演劇人

 五月といえばバラの季節。風薫る新緑を感じると、以前に両親を薔薇が咲き誇る公園へ連れて行ったことを思い出します。記念写真には群生した薔薇をバックにおすまし顔の両親が映っていて、ほっこりとした気持ちになります。

 老いていく親を支える、しっかりした子ども――。

 私が母を世話する姿は、はたから見るといい光景のようで、母もデイサービスに行くと他の利用者さんたちから羨ましがられるそうです。

1)「近くに子どもがいると心強いね」
2)「やっぱり娘は頼りになるねえ」
3)「子どもが世話してくれて幸せだね」

 母が周囲からかけられた言葉の数々を嬉しそうに話すたび、私は心の中で突っ込みをいれずにはいられません。

1)「いや、バリバリ同居だから」
2)「いや、嫁に入ってないだけですが」
3」「その分、孫がいませんけどね」

 しかし優雅に泳ぐ白鳥が湖面下でジタバタ水掻きしている様子が見えないのと同じく、人の家庭内のゴタゴタなんて外からは見えませんから、こんなことは当たり前ですよね。

 私は曲りなりにも演劇人ですから、舞台裏のジタバタを舞台上では絶対に見せないという矜持は持ち合わせています。なので湖面下ではジタバタ悶絶していても、「親孝行な娘」を演じてしまうんでしょう(ただの見栄っ張りなのかも)。

魔の感情を断ち切りたい

 私が親の介護をする中で悶絶するのは、沸き立つ感情のコントロールがうまくできないときです。なかでも特に手を焼かされる感情が、

 怒り――。

 湧き出る感情の中でこれほど厄介なものはなく、魔物といってもいいでしょう。介護においては「毒」ともなりうる感情で、仏教では人を毒する三毒のひとつとも言われるそうです。

 母は脳出血の後遺症で「高次脳機能障害」、つまり「感情のコントロール機能に故障が生じている」状態です。現実問題、それに付き合う家族もかなりイライラさせられます。介護を10年以上続けている私でも、母が不穏になるたびに、自分の感情も行き場なくなってイライラすることがあります。

 でも母を𠮟りつけたところで、私の心は晴れることはなく、かえって落ち込んでしまいます。病人を健常者がいじめているみたいな後味の悪さで、死んでしまいたくなるほどの自己嫌悪になることも……。  以前、歩行困難な年老いた母親を怒鳴りつけている男性を見かけて、とても嫌な気持ちになったことがあります。それなのに後年、私もイライラがマックスとなったとき、その男性と同じようなことを親にしてしまいました。その時、過去に見た光景が脳裏に蘇り、「あの時、私が軽蔑した男と何も変わらない……」と、大きなショックを受けました。

ストレスフリーの最適策を探して

 その頃から、私はこの負の感情をコントロールする方法を探求しはじめました。

 読書で別世界に没頭したり、心理学や哲学からヒントを得ようとしたり、自分の中の悪魔と決別するか手懐ける方法を探す中で出会ったのが、「アンガーマネジメント」でした。

 アンガーマネジメント(Anger Management)――。

 直訳すれば「怒りの管理方法」です。1970年代にアメリカで生まれた心理トレーニングで、当初は犯罪者のための矯正プログラムだったそうですが、時代とともに企業研修などでも採用されるようになったとか。

 なかでもよく知られているのは「怒り爆発する前に、6秒数えること」。怒りとは心の津波で「6秒待てば、波は引く」というテクニックです。個人的にはこれに深呼吸を合わせると有効だと思っています。息を止めたまま6秒数えても、引き潮にはなりにくいですから(笑)。

 ただし、怒るときには相手がいることが多いので、6秒すら作れない時も多々あります。そこで私は介護スキルのひとつとして「ある発声方法」を編み出したんです!

 それは「鳥のように、さえずり声で介護すること」。やり方は、幼子をあやすように声色を高めにして、のんびり返答する———これだけです。でも、赤ちゃんやペットに話しかけるときのような声色ではありません。「よそゆき声」でコミュニケーションをとる、というイメージです。この「よそゆき声」とは、たとえば小売店の店主が夫婦喧嘩の最中でもお客さんが訪ねてきたら「いらっしゃ~い」と笑顔で声を出しますよね? そう、あの感じです(笑)。

 たとえば私が家で仕事中に、母が散歩に行きたがったとします。

【NG例】

母「散歩に行きたい」

私「(イライラ気味に)今仕事中だから、あとでね」

母「(一気に不穏になり)もう早く死にたい! 迎えに来て、お母ちゃん!」

となりますが(高次脳機能障害あるある)、よそゆき声を使うと下記のようになります。

【正解例】

母「散歩に行きたい」

私「(イライラせず、よそゆき声で)うん、もう少しで仕事がひと段落するから、ちょっとだけ待っててくれる? 3時になっても終わらなかったら、その時は中断するから散歩行こう」

母「(すんなり納得して)いいよ。仕事終わらせてからで」

となります(約束をした満足感で穏やかに)。

 こうして鳥がさえずるように、心とは裏腹なやわらかい声を出しているうちに、イライラした気持ちも、さえずり声に引っ張られて消え去っていくのです。同じような悩みを抱えている人はぜひ、お試しあれ。

 早朝に鳥がさえずるのは「夜を生きながらえて、今日も私はココにいる」とアピールするためだと聞いたことがあります。だから私も、いくつもの怒りの波を乗り越え、今日も母の前でさえずろうと思います。

薔薇に包まれた両親の写真裏で、ストレス軽減のため瞑想にふける私……

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