家庭裁判所の調査官による家庭訪問
特別養子縁組の申し立ての書類を家庭裁判所へ提出してから 数カ月が経ったある日、家庭裁判所から電話がありました。それは審査の結果を伝えるものではなく、「調査官による家庭訪問の実施」についての連絡でした。
裁判所の調査官が私、夫、太郎くんの家族全員と直接話すために我が家を訪問する、と聞いて「一体、何を調べるのかな……」と、少し不安になりました。とはいえ何か隠したいことがあるわけでも、取り繕う必要もないので、「とにかく普通にしていればいいんだよね、普通に」と自分を落ち着かせました。
家庭訪問の当日、私と夫は勤め先を早退し、太郎くんは放課後の学童保育をお休みして調査員の到着を待ちました。太郎くんにはこの家庭訪問のことについて事前に話していましたが、しっかりと対応してくれるかどうか少し心配だったので、待っている間にもう一度太郎くんに説明していると、調査官の方がお見えになりました。
挨拶が済むと調査官はまず太郎くんに「お父さんとお母さんとお話をする必要があるから、少しの間、待っていてね」と優しく声をかけ、太郎くんは退席。すると、おもむろに鞄の中からいろいろな書類を取り出して私たち夫婦への聞き取り調査が始まりました。私と夫それぞれの生い立ちと家族構成、子ども時代や学生時代のこと、二人の出会いから結婚、特別養子縁組をしようと決めたきっかけや現在の生活について、時系列で1時間以上にわたって実に様々な質問を受けました。その間、調査官は熱心にメモを取り続けていました。
その聞き取り調査が終わると、調査官に「家の間取りを見せて欲しい」と言われ、家の中を案内しました。太郎くんの部屋の前に来ると、ひとりで待っていた太郎くんに調査官が声をかけて部屋の中に入り、本棚に並んでいる本を見て「本はいつ読むの?」とか、「太郎くんの一番好きなおもちゃを見せてくれるかな?」などと尋ねていましたが、太郎くんがしっかりと答えていたので、私の緊張も少し解けてきました。しばらくして調査官から「太郎くんとふたりで話したいので」と言われて、私と夫はその場を離れました。
どうして手続きにこんなに時間がかかるのか?
太郎くんと話し終えた調査官は、居間で待っていた私たち夫婦に「この特別養子縁組の手続きに時間が掛かっている理由」を説明してくれました。
まず調査官から、申し立て者である養親(私と夫)が提出すべき必要書類は全て提出済みであり、翻訳が必要な書類にも何も問題がなかったことを聞き、来る日も来る日も翻訳作業に明け暮れて頑張って書類を用意した日々を思い返し、肩の荷が降りたようでとても安堵しました。これで「あとはこの家庭訪問の結果などを含め、審査を待つばかり」かと期待したのも束の間、調査官からまだクリアできていない重要なことがあると教えられました。
太郎くんの特別養子縁組の手続きをここまで進めてこられたのは、太郎くんの実親が特別養子縁組に同意した文書があるからです。しかし、その文書の日付からすでに3年ほど経過しているため、「今でもその意思が変わっていないか」を実親に最終確認する必要があるそうで、「実親に裁判所への出頭を求めているが、なかなか連絡が取れない」というのです。
それを聞いた私は呆然として、言葉が出ませんでした。もしかしたら裁判所からの連絡の頻度が少ないのではないか、もしかしたら実親さんが真摯に対応してくれないのではないか、もしかしたらこのまま裁判所に出向かず手続きができないのでは……様々な想いが頭の中を駆け巡り、自分ではどうしようもない状況に対して不安でいっぱいになりました。
「あとは実親から最終の承諾を得ることと、裁判所で最終的な審判に必要な補足的な書類を作成する作業だけですが、実親の承諾を得ることに長い時間がかかるようならば、こちらから途中経過の報告をご連絡差し上げます。そうならずにスムーズにいくと良いのですが……」と申し訳なさそうに話す調査官に、私と夫は「どうぞよろしくお願いいたします」と頭を下げることしかできませんでした。
世間から見れば我が家は「家族」で「親子」ですが、現状は「戸籍上の親子」ではありません。常にその心の中のモヤモヤを抱えて生活していた私は、「一体、これからどれくらいの月日がかかるのか」と想像すること自体を避けたいような気持ちでした。私たちができることは何もない状態であることが、もどかしさに拍車をかけました。
この長いプロセスは我が家の「旅」
この家庭訪問があった日の夜、いつものように太郎くんを寝かしつけ、その寝顔を見ながら、「特別養子縁組をしたい」と児童相談所に申し込みに行った頃からのことを振り返り、様々な想いがよぎりました。
この長いプロセス(手続きの過程)を旅に置き換えるとしたら、我が家の「特別養子縁組の旅」はそろそろ終盤に差し掛かってきたな、と感じました。この「旅」には、私たち夫婦、太郎くん、実親さん、裁判所、児童相談所、児童養護施設、乳児院をはじめ、たくさんの人がかかわって下さっています。ここにかかわる全ての方々に深く感謝すると共に、太郎くんの寝顔を見ながら、太郎くんの他にも特別養子縁組に縁があったはずの大勢の子どもたちのことに想いを馳せました。この日は、「新しく家族を作ることがなかなか難しい世の中の仕組みを変えていきたい」という思いも、いつになく強く感じました。
我が家の特別養子縁組ものがたりはまだまだ続きます。お楽しみに!
【年末のご挨拶】
読者の皆さまへ
今年も『実はこの子、私が産んだ子じゃないんです 特別養子縁組ものがたり』をお読みいただき、本当にありがとうございます! 読者の皆さまひとりひとりに支えられ、この連載の執筆を継続できていることに感謝しております。
私は、いつの日か「特別養子縁組」が「特別」ではなくなる世の中になることを目指して、我が家の体験記を発信しています。ひとりでも多くの方に「特別養子縁組」のことを知っていただきたいと願っています。
皆さまが穏やかで平和な新年をお迎えできますよう、心よりお祈りしております。
引き続き来年もどうぞよろしくお願いいたします。
2023年12月 とよのぶもも