水原一平事件に見る、通訳のあるべき姿とリスク

憧れていた水原元通訳の銀行詐欺容疑

 こんにちは、ランサムはなです。先月末に発覚した水原一平元通訳の違法賭博、そして銀行詐欺容疑による訴追には驚きましたね。ここ数年、通訳として仕事をしている私はこの事件がとても他人事とは思えず、大きな衝撃を受けました。

 専門分野こそ違いますが、私は通訳者として水原氏を尊敬し、彼の通訳スキルに一目置いていました。過去のインタビューを見ても、水原氏の秀逸な訳出に感心することがよくありました。

 水原氏の通訳は、翻訳にありがちな硬さや違和感が抑えられていて、とても自然です。“Why you gotta get so nasty on him?”という質問に対して「なんであんなエグい球を投げたんですか?」という自然な日本語に瞬時に訳せてしまうのは、天才的な感性の持ち主だと思います。“nasty”(意地悪な態度を取る)という英語は、ややぼんやりとした形容詞ですが、形容詞という品詞に引っ張られず、「エグい球を投げる」という動作に即座に落とし込むのはかなり高度な技です。大谷選手が英語を話したら、こういう雰囲気で会話していたのではないかと思うような言葉選びができたのは、大谷選手と近い関係にあった水原通訳だからだと思いますが、訓練だけでは身につかない通訳としての天性の才能も持ち合わせていたと思います。

 水原氏のやったことは許されることではありませんが、彼の通訳としての実力はそのこととは切り分けて評価されるべきだと私は今も思っています。

水原通訳のスタイルは「憑依型」

 通訳は特殊技能ですが、芸術的側面もあり、訓練することで身につけられる部分と、感性を生かした判断が求められる部分があります。

 基本的に話し手と話し手を繋ぐ「黒子」「橋渡し」的存在であることに変わりはありませんが、一口に通訳と言っても様々なタイプがいます。私が見る限り、水原氏は話し手に同化し、その人になり切って話す「憑依型」だと思います。

 憑依型の通訳とは、話し手の魂が乗り移ったかのように素の自分では思いつかないような言葉が次から次へと浮かんできたりするので、まるで役者のようです。話し手との距離感が近く、話し手のことを知り尽くしているので、どんなことを言いそうかという先読みもある程度できます。こうなると通訳が気を利かせて補足説明などを入れても違和感がありません。もちろん当然、クライアント(話し手)との間に強固な信頼関係が築かれていることが大前提となります。

 このような水谷通訳のスタイルに対して批判的な発言も一部で見られますが、私は大谷選手との距離感の近さや信頼関係を裏付けるものとして、評価に値すると思っています。水谷氏が献身的に尽くす通訳だったことは様々な報道で目にするので、彼が通訳業だけに徹していれば、通訳の歴史に名を刻む優秀な通訳者として認知されていたであろうことは疑いの余地がないと思います。

水原通訳は過度に同化したのか?

 自分でも通訳業をやって気づいたことですが、通訳になると一流スポーツ選手であったり、国家の首相や大臣であったり、ある程度の地位とお金がある人達に会う機会が増えます。そもそも通訳料は安価ではないので誰もが簡単に通訳を雇えるわけではありません(通訳を雇えて経済状態を誇示できることが、一種のステータスと見なされる場合もあるそうです)。

 通訳は「黒子」として要人に付き添いながら、大きなお金が動く契約をする会議や国家規模で影響を及ぼすような決断にも立ち会います。その要人が助けを必要としていれば、銀行口座の開設や保険の購入、契約書への署名や病院への付き添いなどを手伝うこともあり、結果的に要人の生活にも深く立ち入ります。特定の分野や業界でどんなに優秀なVIPであっても、言葉が通じない環境では通訳に頼るしかありません。ある意味、命を預けなければいけないので、通訳と良好な信頼関係を築くことがその後の要人の生活の質を大きく左右します。

 普段めったにお目にかかることのない「すごい人たち」に囲まれて、通訳としていつもその場にいる日々を送っていたら——まるで自分も「すごい人たち」に「同化」したように勘違いして——自分の立ち位置を見失うことも十分にありえる気がします。特に水原通訳のように毎日多くの時間を大谷選手のために割いていた人であればなおさら、通訳としての黒子の立場をわきまえて健全な距離を保つことは困難だったかもしれません。


 今回の刑事事件は、通訳歴がそれほど長くない私に「通訳のあるべき姿」「クライアントとの健全な距離の取り方」について考えるきっかけをくれました。これを機にさらに身を引き締めてプロとして仕事にのぞみたいと思います。

ランサムはなのワンポイント英語レッスン

「bet」(賭ける)は悪い表現ばかりではない
今回の事件で注目を浴びたスポーツ賭博(Sports betting)。この「bet」(賭ける)という単語は”I bet you 1000 yen”(1000円賭けてもいいほど確信している)など、確実性を表す表現として日常的にもよく使われます。”You bet/You betcha”などのように、「もちろん/そうだろうね」という相槌として使われることもあります。

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