なぜ、アートが大事なのか?
イギリス人生パンク道

九州出身で英国在住歴23年、42歳で二児の母、金髪80キロという規格外の日本人マルチメディアアーティスト大渕園子が、どうすれば自分らしい40代を生きられるかを探してもがく痛快コラム。40代はあと8年。果たしてそれは見つかるのか?!

イラストを描こうとしたのは私だけだった

 先月、日本で子ども向けのアート・ワークショップを初めて開催した。場所は私の母校の小学校跡地を活用した地域施設。帰国のタイミングと重なり、22人の子どもたちとその保護者を迎えて、2時間のワークショップを行うことができた。

 「どうしてアートを教えるようになったのですか?」とよく聞かれる。その原点は、自分が高校生のときに体験した“驚き”にある。

 高校2年の夏、私はロンドンの美術大学のサマースクールに参加した。イラストレーションのワークショップと聞いて、ペンやアクリル絵の具、スケッチブックをしっかり準備して向かった。ところが、教室にいたのは音楽を作る人、詩を書く人、彫刻を始める人などで、紙に絵を描こうとしていたのは私ひとり。私はそれまで「イラストレーション」とは紙に描くものだと思い込んでいたので、立体作品や音楽制作が始まることに大きな衝撃を受けた。彼らにとっては、表現の出発点も完成形も自由でいいという発想が当たり前。そんな柔軟な思考がまったくなかった自分の凝り固まった頭に、私は大きなショックを受けた。

 けれど翌日からは私も画材を持参せず、現地で見つけたホースや水、火を使ったインスタレーションに挑戦。すると、先生や他の生徒たちから思いがけず高い評価を受けた。「アートって、技術や完成度で評価されるものじゃないんだ」と身体で理解した瞬間だった。この体験がきっかけで「私はこの国で学びたい」と強く思うようになり、イギリスの大学を受験。卒業後は作家活動と並行し、自分の原点をシェアする形でアートワークショップも始めた。

かつて感じた「やるせなさ」

 今回、日本でやりたいと思ったのは、かつて自分が感じた“やるせなさ”を思い出したからだ。

 小学校3年生のとき、図工の授業で「お母さんが洗面台でお化粧しているところ」を描いた。私は満足していたのに、担任の先生がその絵に手を加え、壁紙の模様を勝手に描き足した。その作品は入賞したが、嬉しさより悔しさの方が大きかった。伝えたかった「私の見た世界」が他人の手で書き換えられてしまったからだ。しかも先生が満足げな様子だったことが、子ども心に寒々しかった。

 だから私は、自分のワークショップでは、子どもたちの「表現したい気持ち」に寄り添いたいと思っている。

 私はこれまでイギリスで多くの子どもたちと接してきたが、その中で気づいたことがある。幼児期の子どもたちは皆、自由に絵を描き楽しんでいるが、7歳を過ぎた頃から「自分は絵が下手」と言い出す子が増えてくるのだ。誰かにそう言われたか、比べられたか、無意識のうちに評価を気にするようになるのだろう。だから私はいつも「うまく描かなくていい」と伝え、その子なりの表現を引き出すレッスンを心がけてきた。

 正直、日本でも同じように自信をなくしている子がいるかもしれないと少し不安だった。だから今回のワークショップでも子どもたちには最初に「うまく描こうとしなくていい」と伝えたが、「自分は絵が下手」と言う子は誰ひとりいなかった。とても嬉しかった。安心して表現できる環境で育ってきたのかもしれない。

九州でのアート・ワークショップを指導するマルチメディア・アーティストの大渕園子さん
九州でのアート・ワークショップを指導するマルチメディア・アーティストの大渕園子さん

アートは過程を楽しむもの

 私はイギリスでも日本でも「上手だね」という言葉は意識的に使わない。技術よりも、表現する喜びに目を向けてほしいからだ。

 今回、子どもたちがのびのびと創作を楽しむ姿を見て、日本にもこうした空気が育ちつつあるのかもしれないと希望を感じた。参加者の保護者の方々と話す中でも、「子どもの頃、絵を描くのが楽しくなくなった」「先生の一言で自信を失った」という話をいくつも聞いた。改めて、大人の言葉が子どもの心に与える影響の大きさを実感した。

「うまく描こうとしなくていいよ」と伝えることから始まったワークショップ
「うまく描こうとしなくていいよ」と伝えることから始まったワークショップ

 

 アートは「評価されるためにあるのではなく、過程を楽しむもの」だと私は思っている。どんなふうに何かを思いつき、どんなふうに広げていくか。それはイギリスのアート教育で重視されている視点であり、私も大きく影響を受けた。でも、日本の教育を受けてきたからこそ、その中に自分なりの方法を見出せたとも感じている。日本で育ったことに、私は感謝している。  今回のような小さな場からでも、参加者が「表現って楽しい」と思えるきっかけを届けていきたいと思う。そして、子どもたちが自分の手で、自分だけの世界を描き続けられる社会であってほしいとも願っている。アートは、誰かに認められるために創るものではない。自分の心に耳を澄まし、感じたままを形にすること。それがきっと、人生を照らす確かな光になる。私はそう信じている。

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