私が50代で通訳になると決めた理由

絶対に無理だと思っていた通訳業

 こんにちは、ランサムはなです。4月を迎え、日本では新生活をスタートさせている方も多い時期。そこで今回は、私が50代になってから始めた新しい仕事についてお話しようと思います。

 私は本業である翻訳業に加え、3年前から通訳業に挑戦し始めました。

「翻訳ができれば通訳も問題なくできるだろう」と思われがちですが、翻訳と通訳は全く違います。翻訳は読み書きが中心で、言語の4技能(読む・書く・聞く・話す)のうち「読む」と「書く」を主に使うので、スピーキングは必要ありません。一方、通訳は言葉を聞き取って瞬時に何か返さなければいけないので、「聞く・話す」力に長けていて、瞬発力がないと務まりません。いわば「長距離走」の選手が「短距離走」に種目を変えるのと同じぐらい真逆のスキルが求められます。

 そもそも私が翻訳を仕事に選んだのは、「自分は通訳に向いていない」と早い段階で悟ったからでした。今でこそ症状が落ち着いていますが、私は幼い頃から成人するまでてんかんの持病があり、相手の言うことを聞き取るのがいつもワンテンポ遅れていました。脳の回線がどこかで切れているのか、相手の発言が意味のある言葉として認識できるまでに2~3秒かかります。話の冒頭部分の聞き取りで出遅れるので、相手に聞き返さなければいけないこともよくあります。そんなスローな私に「秒速で言葉を返さなければいけない通訳」なんて務まるわけがない。そんな神業は生まれ変わらない限り無理だと考えていました。

 これに加えて、20代後半で大きなトラウマを経験したことも、苦手意識に追い打ちをかけました。英国で友人の結婚式での通訳を頼まれた時に、イギリス英語と教会特有の英単語が聞き取れず、大勢の公衆の面前で沈黙してしまったのです。穴があったら入りたい思いでした。それ以来、「通訳業=自分には絶対に不可能な職業」という固定観念が私の中に染みついてしまいました。

若い頃の自分ができなかったことに挑戦する意味

 そんなハンデとトラウマを抱えたまま26年が過ぎ、50代になった私が、なぜ「究極に不可能な職業」である通訳業に挑戦することにしたのか。それは「若い頃の自分が素直に脱帽するような大人になりたい」と思ったからです。

 28年間も続けてきた翻訳業では、一定の成果を出したという自負があります。本業の収入で十分だと思っていますし、生活に困ることもありません。でも若い頃のように徹夜をするのは体力的に厳しくなったので、1日にこなせる翻訳の分量は年齢が上がるごとに減っていくでしょうし、若い頃と同じ土俵で競っても、勝てなくなるのは時間の問題です。出がらしの茶葉のような忸怩たる気持ちで「過去の栄光」を思い出しながら同じ作業を続けても侘しいだけ。夢がなさすぎます。

 ならば、いっそのこと土俵を変えて、「若い頃の自分が白旗を掲げていたことに挑戦すれば、過去の自分を確実に超えることができるのではないか?」と思ったのです。何しろトラウマのあまり、挑戦すらしなかったのですから、挑戦しなかった昔の自分よりは遠くに行けるはず。土俵が全く違うので、過去の自分と比べて落ち込むこともありません。

 てんかんのハンデが気にならないと言えば嘘になりますが、ハンデを持つ人がどこまで行けるのか。今は障害を持つ人も活躍の場を広げられる時代です。昔ながらの思い込みを捨てることで、どこまで成長できるのか自分に試してみようと思いました。ハンデがある中で結果を出すことができたら、胸を張って若い頃の自分に向き合えると思ったから。

 私が住む米テキサス州では、日本語の通訳者が圧倒的に不足しています。自分のような駆け出しでも、いないよりはいる方がましかもしれない。実力がなければ自然淘汰されていく業界なので、挑戦してダメならフェードアウトしていけばいいだろうと、開き直るような気持ちで挑戦を決めました。

夢を持つのはアンチエイジング

 そんな志で挑戦し始めた通訳業。挑戦者として夢を持ち続けることは楽しく、それがアンチエイジングには最も効果的ではないかと感じています。

 もちろん、日々自分のいたらなさに情けなくなったり、反省したりすることは多々あります。「どうしてあの時、この表現を思いつかなかったんだろう」「また聞き返してしまった」と落ち込むことも……。でもそんな時は、「70歳になった自分が今の自分を見たら、どう思うだろう」と考えるようにしています。今よりもっと体が動かなくなった時に、「(結果はどうあれ)全力投球で頑張っていたよね」と自分を労ってあげられるような過ごし方をしたいなあと。

 未来の自分が納得して合格点を出してあげられるような生き方——そんな年の重ね方ができれば最高だと思います。

ランサムはなのワンポイント英語レッスン

Translator」と「Interpreter」の違い

上記で述べたとおり「Translator」は「翻訳者」、「Interpreter」は「通訳者」です。「Translate」は「翻訳・変換」を意味し、「Interpret」は「解釈」の意味があります。いずれも人の職業ですが、「翻訳機」等の機械を「Translator」などと呼ぶこともあります。なお「Interpret」は中心部の「-ter」の部分を強調して発音します。

看板・標識の英語表現 ランサムはな

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