お付き合いも結婚もせず、父になりたい
バーテンダー・トーク

【カリフォルニアの隠れ家バー便り】
世界中からチャンスを求めて移住者がやってくる米カリフォルニア。人種の坩堝の中で生きる様々な人たちが、ふらりと訪れる小さなバーで働く日本人バーテンダーが、
カウンター越しに耳にしたリアルなアメリカをつぶやきます。

独身のまま父になるためのプランを遂行

今日のお客様 
話好きでエネルギッシュなインド系の男性。ファイナンス系大手企業に勤務する40歳、独身。経済力はあるが、結婚相手を探す時間もエネルギーもないと言い切る。子孫繁栄を重視するインド家系で育ったため、父親にはなりたいので卵を買ってシングルファーザーになろうと決め、着々と計画を遂行中

 この日、まだ早い時間に店のドアを開けたのは、彫りが深くキリッとした顔立ちのインド系の男性。以前にも来店されたことがある方で、金融系のお仕事をされています。

 早口な彼がその日に選んだお酒は、ジントニック。喉が乾いていたのか、一杯目をググッと勢いよく飲み、すぐに二杯目をオーダーして私に話しかけてきました。

 「僕、もうすぐ父親になるんですよ。シングルファーザーなんですけどね。」

 そしてグラスを片手に、シングルファーザーになる経緯を話してくれました。

 初めにお伝えしておくと、彼はゲイではありません。大企業にお勤めしていますが、コロナ禍以降はほぼ100%リモートワーク。コンピューターとネットさえあれば、世界中どこでも仕事ができるので、メキシコのリゾートに長期滞在することも多いとか。設備が揃ったジムも一流レストランもあるし、バーやクラブもあってナイトライフも充実しているので、カリフォルニアに飽きるとどこかのリゾートホテルに行く生活を満喫している独身貴族です(古い表現ですが、笑)。

 そんな彼には、結婚したいと思う相手はおらず、かといって婚活したいとも思わない。婚活に割く時間もない。けれど、「自分の体内時計が時間切れになりそう」だから、独身のまま父になることを決めた、と話していました。子どもを持つための体内時計を気に掛けるのは女性だけではないようです。

まずは卵ショッピングから

 父になると決め、まずは卵を買いに行ったそうです。

 養子をもらうという選択はせず、血の繋がりにこだわった彼は、ロサンゼルスでもお金持ちが行く、ちょっと高めの「エッグ・エージェンシー」に行ってモデル並みに美しい女性を「エッグドナー(卵子提供者)」に選んだそう。美しくて健康な子どもを授かる確率を高めたかったとか。はっきりとは言いませんでしたが、3万ドル(約420万円)くらい払ったようです。

 聞けば、エッグドナーになるのもなかなか大変だとか。理想的なエッグドナーは、年齢は25歳から32歳、健康の指針を見るためのBMIは24くらい。その上で心身の診断をしっかり受けてエッグドナーになり、ドナーに選ばれた暁にはホルモン関係の注射を打って複数のエッグを作り出すそうです。彼のドナーから実際いくつのエッグを採取できたのかは聞きませんでしたが、彼は「3個の受精卵を作って冷凍した」と言っていました。

 ちなみに、作った受精卵を自分だけが使用する場合の契約と、将来的に他の人も使えるように契約する場合ではお値段が異なるとか。そして、受精卵を作って冷凍保存する費用もだいたい3万ドル(約420万円)くらい掛かるそうです。

サロゲートのお仕事とその契約内容とは?

 彼は子どもを産めないので、次はサロゲート(代理母)探しです。信頼のおけるエージェントを雇えばマッチングをしてくれて、産後のアフターケアーまで一貫して面倒を見てくれるので、彼がサロゲートに会うことも話すこともないとか。

 これにかかる費用が大体6万ドル(約850万円)。たぶんその半分かそれ以下がサロゲートに支払われるようです。しかも、ここカリフォルニア州は物価が高いので隣州のエージェントを使ったとか。州によって税金も物価も異なるのがアメリカですから。

 サロゲートが決まると専門の弁護士を雇って契約書を作成するそうですが、細かい決まり事がとても多くて「読みきれない量の契約書」だったと嘆いていました。そこには、サロゲートは赤ちゃんが生まれた瞬間に顔を見てもいいか否か、母乳はどうするのか、出産に彼は立ち会うのか、双子だったらどうなるのか、帝王切開になった場合の費用はどうするのかなど、事細かにすべて事前に決めるそうです。この弁護士費用が約1万ドル(約150万円)。お金がたくさん掛かるんですね。

シングルファーザーになるためのお値段は?

 一般的に、アメリカでサロゲートを雇って子どもを授かる場合の費用は平均12万ドル〜15万ドル(1700万円〜2100万円)。ドナーが必要ない場合や、サロゲートとドナーが同一人物の場合、冷凍有精卵を使用する場合などパターンは様々で費用もそれに沿って上下するようです。この彼の場合は精子以外は全て必要で、後で問題になる可能性を全回避するためにしっかりしたエージェントと弁護士を雇ったので費用が高かったケースだそうですが、その金額を一括で支払えるだけの経済力があったから選んだ方法とも言えるのでしょう。

 彼のサロゲートは40代前半のメキシコ人の女性で、すでに自分の子どもを3人産んでいる人。「40代でも大丈夫なんですか?」と尋ねたところ、「サロゲートのエッグを使うわけじゃないので、子宮が元気なら大丈夫なんだって」とのことでした。サロゲートは中年のメキシコ人、エッグはモデルのように美しい白人女性のもので彼はインド人ですから、なかなか多様性に富んだプロジェクトだなあ……と思いました。

 でも、結婚相手を探すエネルギーもない人に、子どもを育てるエネルギーがちゃんとあるのでしょうか? 

 「もちろん僕がひとりで育てるのは無理だよ(笑)。でも母がいるから大丈夫なんだ」

 と、余裕で答えた彼でしたが、なんとお母さんには自分がもうすぐシングルファーザーになることも、子どもが生まれたら実家に戻るつもりであることも、お母さんに子育てをしてもらうことも、まだ言っていないとか(唖然)!

「とりあえず母には、サロゲートが安定期に入ったら言おうと思ってるんだ。サプライズ・プレゼントって感じにね」

 高学歴、高収入で健康な40歳の男性とはいえ、「そんなんで赤ちゃんを授かって大丈夫なのか?」という老婆心が芽生えるのを抑えきれない夜でしたが、ご本人は幸せいっぱい。バーテンダーの私にも一杯プレゼントして下さいました。

 パパになる彼と生まれてくる赤ちゃんの健康と幸せを願って、Cheers (乾杯)!

今月のお酒:ジントニック Gin and Tonic

 簡単ですが作り方で味にかなり差が出るジントニック。ジンが好きな方は1対1から1対2の割合で濃い目でどうぞ。オーソドックスの割合は1対3の割合です。軽めのお酒が好きな方は1対4の割合にすると飲みやすくなります。選んだジンを割るトニックウォーターの重要な原料はキニーネ。ちょっと苦味があり、昔はマラリアの薬としても使われたそう。このキニーネが入っていることでトニックウォーターと一般的な炭酸水とが区別されます。ガーニッシュは柑橘類でもキュウリでもハーブでもOK。選んだジンとキニーネの苦味とガーニッシュのバランスをいろいろ試してみてください。

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