デート詐欺
バーテンダー・トーク

【カリフォルニアの隠れ家バー便り】
世界中からチャンスを求めて移住者がやってくる米カリフォルニア。人種の坩堝の中で生きる様々な人たちが、ふらりと訪れる小さなバーで働く日本人バーテンダーが、カウンター越しに耳にしたリアルなアメリカをつぶやきます。

アプリで出会ったアイダホのイギリス人

今日のお客様
ジェンさん(仮名)。30代後半、保険のブローカーとしてバリバリ働いているシングルマザーのベトナム系アメリカ人。どんなに忙しくても恋愛には時間をかけるタイプで、いつも誰かと交際中。でも現在お付き合いしている男性の話は、どうもおかしい。

 「彼はイギリスの出身で、アイダホ州のフェラーリのディーラーで整備士をしているの」と、赤いツナギを着たイケメンの男性の写真を見せてくれたジェンさんは、月一度ほどの頻度でご来店くださる常連のひとり。いつも、そのときにお付き合いしている男性との恋愛進展状況を話してくれます。

 フェラーリの正規ディーラーがアイダホ州にあるのだろうか、と思いつつも聞き流しましたが、話が進んでいくと、次から次へと腑に落ちない点が出てきました。

 その整備士の彼は4歳になるフィオナという女の子と二人暮らし。フィオナのお母さんは、出産時に亡くなったそうです。

 「どうしても僕の子どもが欲しいと、死ぬかも知れないってわかっていて生む決心をしてくれた」と涙ながら話してくれたそうです。他に家族や親族はいないのかと聞くと、「二人ともイギリスの孤児院育ちなんですって」とのお返事。家族がいないのに、なぜわざわざ都市部でもないアメリカのアイダホ州に来たのかという疑問には、「フェラーリの整備士としての腕がいいから、リクルートされた」と説明されたそうです。 

 かなりツッコミを入れたい話でしたが、とりあえず我慢して聞き続けました。

ご対面、ならず

 遠距離恋愛なので、もっぱらビデオ通話の毎日。将来はお互いの子ども達(ジェンさんも娘がひとりいる)を同じ学校に通わせようとか、お互いの子ども達も一緒にみんなで旅行する計画を進めたり、時には娘たちも通話に参加して4人で楽しい時間を過ごしているそうです。

 そうして毎日ビデオで話して数カ月、ようやく初めて彼と娘さんがカリフィフォルニアに来て、ジェンさん母娘と対面する日がやってきました。

 ところが、その当日、彼とフィオナが飛行場に行ったら、チェックインカウターの職員がフィオナを見て「この子、熱があるのでは?」と額に手を伸ばし、「やっぱり熱いわ。これでは飛行機に乗せられません」と搭乗を拒否され、飛行機に乗れなかったそうです。

 「残念だけど、仕方がないからまた今度」と、近々日にちを改めて会う約束をしたとか。「航空券も無駄になってしまったけど、大した金額ではなかったから」と苦笑いするジェンさん。つまり、彼女が2名分の航空券も買ってあげていたんです。 

 そもそもチェックイン・カウンターの職員がそんなことを言うのも変な話だし、まして職員がお客様の子どものおでこを触るなんて、アメリカではあり得ない……。ですが、彼にすっかりご執心の彼女はこの話を信じて疑っていませんでした。

キタ、キタ、キタ! 送金の依頼!

 ジェンさんがいつも頼まれるカクテルはダイキリ。それを一口飲んでから、唐突に私にこう聞いてきました。

 「ねえ、ウェスタン・ユニオンって使ったことある?」

 キタ、キタ、キタ! 来ました、お金を送金する話じゃないですか。これは危ないと思った私は、「彼、お金が必要なんですか?」と聞き返しました。頷くジェンさんの目を見て、「ウェスタン・ユニオンは海外送金をするための会社だと思いますよ」と答えました。

 するとジェンさんは、それまでの幸せいっぱいだった口調からトーンが変わり、「彼をどうしても助けあげたいの」と繰り返し言いながら、彼から言われた話をしてくれました。その話をまとめると:

・輸入した部品が東海岸で足止めされている
・雇った大型トラックと運転手がドタキャンした
・どうしても早急に部品を運ぶ必要があり、手配に10,000ドル(約140万円)が必要
・現金の持ち合わせが手元になくて困っている
・自分の代わりにその現金を立替えて海外にある彼のボスの会社に送付してほしい

 言うまでもなく、これは明らかなデート詐欺です。もちろん私はジェンさんに「絶対、送金しちゃダメですよ」と釘を刺しました。が、彼女はこう答えたのです。

デート詐欺の結末

 「実はね、前にも送金したことあるの」と、ちょっと小声で言うジェンさん。

 「えっ? その送金後も彼と連絡を取り続けているということですか?」と私は驚いて尋ねました。

 「ええ、今もビデオチャットで話しているし、ボスからも送金のお礼の連絡があったわ。プロジェクトが終了したらお金を返してくれるって」

 今もこれが詐欺ではないと信じ続けている彼女。きっと良いカモだと思われているでしょう。

 これはデート詐欺にしては珍しいケースです。通常は騙されている人が大金を送金した途端に相手から連絡が途切れるのが常套手段。それなのに、なんて手の込んだ詐欺でしょうか。ジェンさんを信じ込ませるために子どもを使い、職場のボスも登場。送金後のフォローもちゃんとする。しかも、すでに半年以上もエセ遠距離恋愛を続けています。ここまでされたら、ジェンさんが信じてしまうのも少しだけわかる気がします。

 ジェンさんが前回「そのボスの会社に」海外送金したときは、自分の銀行から送金したそう。その際に銀行員に「この送金をして本当に大丈夫なんですね?」と何度も念を押され、それがかなり気まずかったので、次回は銀行ではなくウエスタン・ユニオンという送金会社を使ってお金を送ろうと考えたそうです。

 「騙されていると思う?」と聞かれて、「そう思います。貸したつもりのお金も戻ってこないと思いますよ」と思っていることを正直に答えました。

 実は昨晩、彼から電話があったそうです。しかも唐突に「ねえ、僕のこと警察に訴えた?」と聞かれたとか。

 「そんなことを聞かれてちょっと不安だけど、そのうちちゃんと説明してくれると思う」と、これでもまだ彼のことを信じている様子を見せつつ、「もしも騙されたのなら、人生のレッスン料と思うことにするわ」と、逞しい彼女。それでも、今回依頼された送金をする決心は揺るぎない様子でした。彼を助けたい一途な「自分の心」も信用したいのかもしれません。

 その日、私はジェンさんに「送金はしない方がいい」と何度も釘を刺したのですが、あのジェンさんの表情を見る限り、きっと彼女は早々に送金したと思います。

 仕事柄、大勢の方と会うので、デート詐欺の話も時々耳にします。なかには「そんな話はあるわけないでしょう?」と思うほど突拍子もない話もあります。アメリカでは年間で約6万件ものデート詐欺の通報があるそうですが、実際にはジェンさんのように当局へ通報しない人がほとんどだと思われるので、かなりの被害数がありそうです。

 頭ではわかっていても、心が動いてしまうのが恋なのでしょうが、そういう心に付け入る悪い奴にはバチが当たってほしいものです。

今月のお酒:ダイキリ

 文豪ヘミングウェイが好んだカクテルという話は有名ですが、彼は糖尿病を患っていたため、砂糖は入れなかったとか。手間はかかっても、ぜひフレッシュなライムを絞って作ってみてください。ライムの皮から出てくるオイルが香りや味にエッジを効かせてくれます。シンプルシロップは同量の砂糖とお水を混ぜて作ります。もちろん3つの材料の割合はお好みで調整してみてくださいね。

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