南部育ちのクリスチャンと結婚して幸せになるケース

信仰のある人との結婚前のハードルは高い?!

 「アメリカ人のクリスチャンの男性との結婚を考えている」という方、いらっしゃいますか? 

 恋愛と結婚の違いは、お互いの家族との関わり……。結婚は二人だけでなく家族の問題です。では、信仰の異なる家族との結婚、しかも国際結婚だと、どんなことが起こりえるのでしょうか? 今回は私自身のケースを中心にリアルなお話をシェアしたいと思います。

 クリスチャンの中には宗派の違いもあり、それぞれの信仰の深さや思考の柔軟性、その方の意思によっても規律の解釈は変わるので、それをまず頭に入れてから話を聞いてくださいね。

 まず、米南部育ちのデビちゃん(夫)が、私との結婚を考えていることを彼の両親に話をした際、彼の母親からは「クリスチャンではない子なら、お友達のままのほうが良いのでは?」というアドバイスがあったようです。しかも信仰深い彼の家族にとって離婚はご法度なのに、私はバツイチ。そのうえ外国人だというオマケ付きでした(笑)。

 それでも二人の関係を温めて、私はクリスチャンになると決めました。そして、マイナス要素になっていた離婚の経験も、「クリスチャンではなかった時のことだから」と義母に理解してもらい、結婚のハードルをクリアしたのですが……。

義母からのまさかの一言で火山噴火直前

 結婚式の当日には、こんなことがありました。私がシャワーを浴びていると、バスルームに義母が入ってきて(驚)、こう言ったのです。

 「あなたのご両親もクリスチャンになったほうが良いから、在米日本人の宣教師を彼の帰省に合わせて、あなたの実家に送りたいんだけど、良いかしら?」

 私は信仰の自由も含め、個人の意思を尊重する家庭で育てられたので、私がクリスチャンになることに対しても、私の家族は理解してくれました。それに対して感謝していたので、義母の一言には「そこまでするのか?」と、とても驚きました。同時にそれは義母の「コーヒーではなく、お湯飲めば事件」の直後だったので、千穂火山の大噴火直前という状態に達しました。もちろん丁寧にお断りしましたが、次はその宣教師から、「ご実家に伺っても良いですか?」という連絡が入るという二段構え攻撃。でも今振り返ってみると、義母はキリスト教を信仰することで天国へ行けると信じているので(←※かなり要約しています)、私の家族も救ってあげたいと本心から想ってくれたからこその提案だったのでしょう。  

 私も今はクリスチャンですが、求めていない人にそこまではしません。いや、求めていても、行動は自らの意思で起こすものだと考えているので、見守りますね。そんなことを考える私には優しさが足りないのでしょうか? いや、自分が嫌だったことは他人にもしないのが優しさなのでしょうか? これまた無限ループではありますが、「強要しない」、これに尽きますね。

アメリカ人の親族だってハードルの高さは同じ

 とても敬虔なクリスチャンである義姉のひとりが、アラフィフで未婚・独身なのですが、「お相手は同じ宗派のクリスチャンで、未婚(初婚)の男性でないとダメ」という条件のために苦戦中。同じアラフィフ前後で未婚の男性とは、かなりハードルが高そうです。がんばれ義姉! ちなみに、これも宗派によるのでしょうが、クリスチャンの男性の中には、相手は未婚であることはもちろん、処女でなければ結婚できないとシリアスに考えている人もいて、それが理由で実際に婚約破棄になったケースもあると聞きます。

 ご近所の敬虔なクリスチャン家庭の話ですが、娘さんが大学生になってボーイフレンドが出来たので、母親にデートをしたいと話したところ、母親が娘さんに「質問票」を渡したのです。そこには、ボーイフレンドに関するいろんな質問が書かれていて、その中で私が一番びっくりしたのは、「彼は成人映画を見るのか?」でした。

 つまり、「女性の裸を映画で観るような子と付き合うのは絶対にやめなさい」ということなんですが、日本人の私の反応は、「若い男子なら、ちょっとくらい、そういうものを観ることもあるんじゃないの?」でした。その彼も素直な子だったようで、「観るよ」と答えたそうです。でも、その答えを聞いて、娘さんは彼とのお付き合いを諦めたんです(驚)。私なら「成人映画を観たことがある子の中にも、良い子はいるだろう……」と思ってしまいますが、結婚している人が浮気をするのは重い罪と考えるクリスチャン女性的には、「成人映画を観る=浮気=道徳的に許されない・姦通に値する」となるのかもしれません。そして、そうした懸念がある以上、あとあと問題になるのを予め避けるために、「そういう子はやめなさい」となるのでしょう。「なるほどね~」と思いつつ、これはまだ成人する前の娘に対するアドバイスだからなのか、宗派による解釈なのか、それともその家族がそういう家族なのか、ちょっと追跡調査したくなりました。

 クリスチャンの中にも様々な価値観があるので、一概にこうだとはいえません。今回の話は、我が家のようにコテコテなクリスチャン・ファミリーで育った人と結婚すると、「こういうこともあるんだよ」という、あくまでも一例です。でも、だからこそデビちゃんとの結婚生活はとっても愛に溢れていて、13年が経ってもまだ新婚のように幸せで感謝の多い生活なので、私は彼がクリスチャンでよかったと思っています。お相手がバイブルベルトで育った敬虔なクリスチャンだからとためらっているバツイチ、バツ2の方でも、私のケースを参考にしてくださいね。私は幸せを望むみなさんのチアリーダーになれたら嬉しいです。

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