夫の流儀:太郎くんとのコミュニケーション術

太郎くんの小さな服

 太郎くんが家族に加わるまで、我が家の洗濯物は私と夫のものだけでした。一緒に生活するようになって初めて太郎くんの洋服を洗濯して干した時、「子どもの服って、こんなに小さいんだ。かわいいな~」と、ほっこりした気持ちになったのを今でも鮮明に覚えています。

 一緒に生活を始めてから数カ月が経った頃、少し離れたところで遊んでいた太郎くんの姿が視界に入った時に、「あれ? 何かちょっと変?」と感じて二度見したことがありました。太郎くんの姿を改めて見てみると、身体よりも服が少し小さいのです。「子どもはすぐ大きくなるから」とは聞いていましたが、これほど短期間に洋服のサイズが変わるほど成長することに驚きつつ、慌てて新しい服を買いに行きました。

 そうしてサイズが合わなくなった太郎くんの服は破れているわけでも、特に汚れているわけでもなかったので、太郎くんが生活していた児童養護施設で役立てていただけないかと思い、捨てずにとっておくことにしました。

マフラーも編める裁縫好きな夫

 私の夫はアメリカ人ですが日本に何年か住んでいたので、日本語も少し話せますし、見方によっては私よりも日本人らしい人です。私よりも、しおらしい面があると言った方がいいかも知れません(笑)。

 そんな性格に関係するのかは定かではありませんが、夫は裁縫が得意です。裁縫に目覚めたきっかけは、高校時代、大好きなテレビ番組の主人公が身に着けていたマフラーと同じ物がどうしても欲しくなったから。同じ物は売られていなかったので、おこずかいを貯めて近所の裁縫店に行き、写真を見せて「このマフラーを編んで欲しいのですが……」と頼んだそうです。すると店主に「これは簡単に編めるわよ。私にお金を払うより、編み方を教えてあげるから自分で編んだら?」と言われ、「それなら……」と、その場で必要な道具と毛糸を買って、編み物を教わったことが始まりだそうです。それを機に編み物や裁縫に興味を持った夫は腕を上げ、結婚後も我が家の裁縫担当を務めています。夫の誕生日に私がミシンをプレゼントした時には、それはそれは喜こんでくれました。

 そんな夫なので、どんどんサイズが変わる太郎くんの洋服がほつれれば直し、ちょっとした洋服のリフォームなら夫が担当しています。

英語を話す夫と日本語を話す太郎くん

 日本語が話せると言っても、夫の日本語は日本人のように流暢だとは言えません。5歳まで児童養護施設で育った太郎くんは、夫と出会うまで英語と接する機会は全くなかったので、太郎くんと夫の会話は日本語です。ですから、日常生活の中で時々ちょっと不便なことも起こります。

 例えば、太郎くんが何か言って夫がその意味を理解できなかったり、その逆も起きたり。そういう時にはいつも私が間に入ってことなきを得るのですが、「あっさりとは通じなかった」という事実と思いは残ってしまいます。幼い太郎くんがどの程度それを感じていたかは想像するしかありませんが、親である夫はそのことをとても気にして、いかにして太郎くんとコミュニケーションをとるべきか、どうしたらもっと心を繋げるかをいつも考えて、夫なりに工夫や努力をしているようでした。

夫が作った「太郎2号」

 ある夜、私と太郎くんがお風呂を終えた頃に仕事から帰宅した夫が、太郎くんに「見せたいものがあるんだ。ここで待っていてね」と言うと、そそくさと自室に入って行きました。

 私たちは「何だろうね?」「お土産かなあ」などと言いながら居間で待っていると、夫が何か大きな物を抱えて部屋から出てきました。それは、1メートルくらいもある大きな人形のようでした。それを両手で大事そうに抱えた夫は笑顔で太郎くんに「お父さんからのプレゼントだよ」と言い、私と太郎くんの前にその人形を寝かせました。

 なんと、それは太郎くんが以前に着ていて小さくなったシャツやパンツ、靴下を用いて作った、太郎くんよりも一回り大きな人形でした。 

「うわぁ~、すごい!これお父さんが作ったの!? わーい!」

 太郎くんは自分よりも大きな人形に飛びつき、抱きかかえて大はしゃぎ。とびきりの笑顔で、「この人形の名前は太郎2号にする! 太郎2号だよ!」と言って家中を走りまわり、興奮収まらずという状態でした。そんな太郎くんを見ながら、夫もとても嬉しそうでした。

 なんとか超興奮状態の小学校低学年児を落ち着かせ、「今日は太郎2号と寝られるね」と促してやっと寝かしつけに成功したほど、太郎くんにとって特別な日になったようでした。家の中が静かになると私は夫に「こんなに手の込んだ人形を作ってすごいね。作っていることに全然気づかなかったよ」と伝えました。

 すると夫は「太郎くんは人形が好きだから、太郎くんの服が小さくなったのを見て、それを使って人形を作ってみようと思ったんだ。それで君と太郎くんが家に居ない時に内緒でこつこつと作業をしていたんだよ。だけど太郎くんがあんなに喜んでくれるとは思わなかったなあ。作ってよかったなあ」と話していました。

 太郎くんが我が家に引っ越してきた時の荷物の中には、ぬいぐるみや人形がたくさんあり、太郎くんはそれを全部布団の上に置いて「太郎くんが寝る場所はあるのか?」というほどの状態で寝ていました。初めてその様子を見た時は、「子どもだから人形やぬいぐるみが好きなんだろうな」としか思いませんでしたが、太郎くんがひとつのぬいぐるみも人形も欠かさず毎晩一緒に寝る姿を見ているうちに、「何か自分の心に足りないものや寂しさを埋めるためにそうしているのかな……」と思ったこともありました。

 そんな太郎くんが太郎2号と初対面した夜、太郎くんと一緒に寝たのは太郎2号だけでした。

 それを見て、私が「もしかしたら太郎くんは、これまで自分が好きなものを誰かに手作りしてもらったことがなかったのかも知れないね」と言うと、夫は「もしそうなら、僕はこれからも彼にたくさん人形やぬいぐるみを作るよ」と笑って答えました。これを境に、夫は自分なりの太郎くんとのコミュニケーション術を見つけたようでした。

 今では太郎くんは16歳になり、自室の掃除も自分でするようになりました。そんな先日、太郎くんが自室の掃除を終えた後、「太郎2号」が私たち夫婦の寝室の椅子に置かれていました。それを見て当時の太郎くんの様子を思い出すと同時に、もう人形やぬいぐるみと一緒に寝る年齢ではなくなったことを再認識し、「これは成長の証か……」と、嬉しいのか寂しいのかわからない感情に包まれました。

 我が家の特別養子縁組ものがたりはまだまだ続きます。お楽しみに!

夫の渾身の作品「太郎2号」
特別養子縁組と里親の情報
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