ジャズ作曲家 宮嶋みぎわさん(後編)

人を幸せにしたいというモチベーション

 私は小さい頃から、ちょっと変わった子供だったようです。とにかく人のことを幸せにしたいという思いが強くて、そのことばかり考えてしまうような感じでした。そう考えると、音楽家って自分にとってはつくづく天職なんだと思います。みんなが幸せになって、幸せな余韻をもって家に帰ってくれるのは、最高の幸せです。

 でも、世の中には「みんなに幸せになってほしい」ということが優先にはならない人もいるということには、まるで気づいていませんでした。子供の頃は特に、世界中の人は、みんな自分と同じように考えるものだと思っていたんです。だから、そうでないことに気づいたとき、なんだか悲しくて号泣してしまったことを、今でもよく覚えています。

 もっとも今は、みんなの生きるモチベーションは、それぞれ違って良いことに気づいています。私にとっては音楽こそが、「人を幸せにしたい」というモチベーションを達成するのに一番良い方法だったのでしょうが、違うモチベーションを持って、違うことをミッションに生きている人もいるわけなので。私は自分のミッションを、マックスまでやれていることを感じて生きていきたい。ホント、そこに関しては熱い人間なんです(笑)。

「人と違って、別にいい!」 アルバム『Colorful』への想い

 そんな思いの集大成となったのが、初アルバム『Colorful』でした。先ほども話しましたが、世の中ひとりひとり、みんな違うでしょう? たとえ同じ人種だけを取っても、全員違う。自分と同じような人が集まって何かをやるのではなくて、自分とは違う人たちがまとまって何かをやろうとしていることが尊いし、素敵なんだって思うんです。ちょうどニューヨークで人種差別が社会問題となっていた2018年に、このアルバムを出せたのは大きな意味もあったと思っています。

 私のバンドは年齢も人種も異なるミュージシャン17名でできているのですが、アルバムのタイトルにもなっている『Colorful』という曲には、全員にソロがあるんです。ライブでは、それぞれのソロの演奏の時に、ひとりひとりイスから立ち上がって演奏してもらっています。それは音楽家らしいメッセージの伝え方として、誰もが分かる形で「世の中、カラフルでいいじゃない!」いうことを示す方法でもあります。楽器はもちろん、人種や背負っている人生も違う人たちが、ひとつの音楽をカラフルに奏でるって、素敵でしょう? 人と違っても、別にいいんですよ。そして、それこそが美しいんです。

『Colorful』制作中のみぎわさん

もうすぐ発表しようとしていること

 今年は大きなプロジェクトに取り組んでいます。3月下旬にミニブックつきの音源を、12月にはアルバムを発表予定です。プロジェクトのテーマは、“Unbreakable Hope and Resilience”(希望の光は消えない)。東日本大震災から10年、ニューヨークの新型コロナウイルスのロックダウンから1年という節目に届けたい、ちょっと元気の出るメッセージを詰めこんで制作しています。

 私の実家は茨城にあって、家族も被害にあいました。当時、私は日本に住んでいて親と数日連絡がつかないという経験もしました。人生があっという間に変わってしまうことの非情さはその時も感じましたが、アメリカでも特にコロナの被害が多かったニューヨークに住んでいるので、同じようなやるせなさと戦った1年でもありました。私の周囲でも人は亡くなったし、本当に辛いこともありました。

 震災から10年、コロナが蔓延しだして1年が経って、節目ということもあるからか、いろんな人が自分のこれからの人生のことを考えようとしているタイミングという気がしています。何か大きなものを失って、そこから立ち直って、少しずつ幸せを感じる時間が増えてきたという人の心の変化を体験や音楽家として目撃してきて、それを形にしたいと思いました。

 3月下旬に発表するミニブックは、「東日本大震災で人生が変わった人たち」にお話を伺い、彼らが語ってくれた話の中から、13の言葉を厳選し、一冊の本にまとめたものです。10年経って、皆さんが前を向いて歩いていこうとしている様子を、本と音楽で表現したいと考えました。ブックレットにはQRコードがついていて、そこから音楽作品がダウンロード可能になっています。ミニブックは500冊限定になりますが、より多くの方の手に届けたいので、電子版も同時に発売します。

 アルバムの方は年末の発表を目指しています。311とコロナ。日本とアメリカ。そして、国や文化の差異を越えて、それらをひとつにする音楽。この「ひとつに何かをつなぐこと」こそが、アーティストとしての私の役目なのかもしれません。「希望の光は消えない」というメッセージが、多くの人に伝えられたらと願っています。

私、宮嶋みぎわにとって「ミライを創る情熱」とは?

 私は、いつも自分に正直であることが「情熱を創る」と思っています。また、「情熱って本当は誰にでも燃えているんだよ!」とも思います。

 おもしろいと思うものや、好きなことがないんですっていう人は、もしかしたら少し自分自身を消耗してしまっている状態なのかもしれません。どんな方も、子供の頃は絶対に好きなものがあったはず。それが大人になるにつれ、本当はやりたいことなどがあっても、周りに気を遣いすぎて言えななかったり、見えないことにしていたり。自分に正直でなければ、本当の情熱なんて沸かない。だから、みなさん、正直でいて欲しいと思います。

 辛かったり、凹んだりして情熱を見失いそうになることもあるとも思いますよ。けれど、私は凹む時には、ジョークのように辛いことをとらえて、努めて笑うことにしています。これは、アメリカに来てからブラック・コミュニティーの人たちから学んだことでもあります。彼らは「たいていの辛いことっていうのは、笑うと済ませられる」って言うんですが、それはホント、その通りだと思うんです。

 日本人って真面目すぎる気がします。たとえば、先日私は作曲のことを考えていて、鍋を火にかけていることを忘れて外出してしまい、家を火事にするところだったという事件があったのだけど、それを「これでネタが増えた」と思って笑い飛ばすくらいでちょうどいいのかも(笑)。

====前編を読む====

宮嶋みぎわ プロフィール:

 上智⼤学⽂学部教育学科を卒業後、(株)リクルートにて住宅広告制作、ITエンジニア、旅⾏雑誌編集者、編集デスクを経て2004年、30歳で⾳楽家に転⾝。⾳楽⼤学に⾏かず、独学でプロの道へ進む。

プロ転⾝5年⽬に⽶国ニューヨークで50年以上の歴史を持つ「The Vanguard Jazz Orchestra」に⾒出され、2009年より同バンド⽇本ツアーを毎年プロデュース。2011年と2014年には副プロデューサーとしてグラミー賞ノミネートも経験。現在、同賞を決定する投票権をもつ、The Recording Academyの会員。

 2012年9⽉、⽂化庁新進芸術家海外研修制度・研修員として⽶国ニューヨークに移住。2017年7⽉、NYの⽼舗ジャズクラブBirdlandに巨匠・秋吉敏⼦以来14年ぶりの⽇本⼈⼥性ビッグバンドリーダーとして初登場、満員公演で業界を驚かせた。2018年、NYの名⾨レーベルArtistShareに⽇本⼈作曲家として初参加、デビューアルバム「Colorful」を同レーベルより発表。同年、NEAジャズマスターであるSlide Hampton率いるSlide Hampton Big Bandの指揮者と副プロデューサーを担当。2019年、新進芸術家に贈られるジェロームヒル・アーティストの⼀期⽣に音楽ジャンル唯⼀のアジア⼈として選出され、2020年にはニューヨーク市が⼥性芸術家の優秀な芸術作品に贈る「NYC Women’s Fund For Media, Music and Theatre」に選出された。

 現在は⾃らの楽曲を演奏するビッグバンドMiggy Augmented Orchestraを率いるほか、世界的なサックス奏者Steve Wilsonなど他アーティストへの楽曲提供も⾏う。脱サラで夢を仕事にした体験を話す講演や、ジャズ普及のための講演、⽇⽶をはじめ世界各地での⾳楽教育普及活動に積極的に取り組んでいる。

公式ホームページ:https://miggymigiwa.net

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