この質問、あなたならどう感じますか?

特別養子縁組をする私に投げられた質問の数々

 太郎くんとの交流期間が長くなるに連れ、私たち夫婦と日頃から関わりを持つ方々に「我が家の事情」を説明する機会が増えました。太郎くんとの新しい生活が始まる前に、特別養子縁組をすることを周囲にきちんと伝えておく必要があると考えたからです。

 すると、予想外の展開が待ち受けていました。それは、私たち夫婦が説明したことに対する質問の嵐。嵐どころか大嵐です(笑)。

 「特別養子縁組って、何?」
 「特別養子縁組って、ふつうの養子縁組とは違うの?」
 「なぜ、特別養子縁組をすることにしたの?」
 「どうれば、子どもがもらえるの?」
 「その子は、自分たちで選んだの?」
 「なぜ男の子にしたの? 女の子ではないのはなぜ?」
 「自分の子どもではないのに、自分たちが金銭的な負担をするの?」

というような「特別養子縁組」という仕組みに関する質問はもちろん、「太郎くん」に関しての質問も次々と飛んできました。

 「どうして太郎くんなの? 他の子ではなくて?」
 「太郎くんを生んだお母さんは生きているの? その人に会ったことはあるの?」
 「なぜ、生みの親は太郎くんを育てられないの?」
 「生みの親は太郎くんのことを要らないって言ったわけ? もしそれが事実なら絶対に信じられない!」

そして、私たち夫婦が出産ではなく、養子縁組を選択した理由を聞く質問の数々です。

 「まだ若いのに、どうして産まないの?」
 「今は医療が発達しているけど、不妊治療をしても子どもができなかったの?」
 「子どもがいない夫婦だけの人生という選択肢もあったのでは?」
 「特別養子縁組をしてでも、子どもが欲しいの?」

なかには私の説明に対して、もはや質問ではなく、その人の意見が投げ返されることもありました。たとえば……

 「旦那さんは白人なんだから、生まれてくる子どもはハーフで絶対にかわいいはずなのに、どうして産まずに特別養子縁組を選んだの?」
 「もし今後、自分たちの子どもができたら、太郎くんのことはどうするの?」
 「自分たちがやっていること、分かっているの?」
 「よく、他人の子どもを育てられるね。」
 「自分たちの子どもの方が、絶対に良いよ〜」

 ときには、私ひとりを大勢の人が円を描くように囲み、私が全員から同時に質問を受けているような感じになったこともありました。そんな時、私は正直、耳をふさぎたい、その場から逃げたい、放っておいてくれという気持ちになったこともありました。

人はなぜ、相手が傷つく質問をしてしまうのか?

 説明してもこちらの意思が上手く伝わらなかったり、事実を説明しているだけなのに反対されるようなことが続くと、何か質問されることに身構えてしまうようになります。「今回は、一体何を言われるんだろう?」と。

 特別養子縁組をするのは私ひとりではなく、夫婦ですることです。でも、アメリカ人の夫は話が込み入った内容となると、日本語にて流ちょうに意思の疎通ができません。従ってほぼすべての質問は私宛てとなり、私は徐々に我が家における「お客様相談窓口責任者」のような肩書きを背負い始めていました(苦笑)。

 私が投げられた質問に答えると、「ふーん、そういうもんなんだ」とか、「私には到底、理解できない次元の話だよ」とか、「大変だとは思うけど、応援しているよ」等、質問者のコメントは様々です。

 私たち夫婦が太郎くんと三人でいるときに、私と夫の前で太郎くんの彼の頭を撫でながら、太郎くんに向かって「良いお父さんとお母さんに貰われて良かったね~!」と、言われたこともありました。

 質問者たちは単に興味本位でそれを聞き、自分の意見を言う人は良かれと思って言っているのだと思います。でも、私にとっては「心無い」と感じる発言も多々ありましたし、太郎くんを悲しませるかもしれないことを軽率に発言する人たちへの驚きは隠せませんでした。そういう心無い発言をされるたびに、「日本ではまだまだ特別養子縁組が社会に浸透していないんだな」と痛感しました。

 というのも、アメリカだと「我が家は特別養子縁組なんですよ」と言うと、ほぼ99.9%の場合、「そうなんだね」程度で会話は終了するからです。

 また、周囲に特別養子縁組をした中で、説明前と説明後とでは、私たち夫婦に対する態度が明らかに変わって、冷たくなった方々もいました。

「私たちって、そのような人たちから見たら、きっと変人だと思われているんだろうね……」
「そうかもしれないね、とても残念だけど……」

 というような会話を夫婦でしたこともありました。  その頃は、こういうのもいつかは収まると思っていたので、太郎くんとの生活が始まった後も、このような状況が続いていくとは全く想像していませんでした。

質問者の立場になって考えてみた

 心無い質問をされた経験から、私も自分が質問者の立場になって考えてみました。人とわかり合うためには、まずは相手の立場を想像してみようと思ったからです。

 私は、たまたま特別養子縁組が、より浸透している社会で暮らす機会がありましたが、もしそれがなかったら、私はどうなっていたでしょうか? 

 私が知らなかっただけかもしれませんが、私が子どもの頃は「里親」や「養子縁組」という言葉さえ聞いたことがありませんでした。また、私はただ単に自分が無知なために、相手が情熱を持って取り組んでいる活動などに対して、相手の気に障ることを言ってしまったこともあっただろうし、自分では気づかなくても態度で示してしまったことが、おそらくあると思います。コミュニケーションって本当に難しいものです。

 この質問ぜめの経験から、私自身も自分も何か言葉を発する前に、相手の立場になって考えてから発言することが必要だと実感しました。そして、日本では特別養子縁組に対して、ここまで風当たりが強いとは思ってもいなかった認識の甘さを受け止めた上で、「でも、私たちのやっていることは決して間違っていない」という決意を固めました。

 私たちのために、そして太郎くんをはじめとする「家族を必要としている子どもたち」のために、胸を張って歩もうと。

 数こそ少ないかもしれませんが、日本にも私たち夫婦のような考え方をしていたり、すでに養子縁組や里親をされている方々もいらっしゃいます。私も幸いにも、近くで里親をされているご夫婦と知り合い、「日々いろいろありますが、お互いにがんばりましょうね!」と励まし合うことができました。まるで同士のような方々と出会えたときは、希望の光が差し込んだように感じられました。

 次回は、児童養護施設から我が家への措置変更(引っ越し)についてお話しします。お楽しみに。

<前回までのお話>

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