ひとりっ子なのに19人の兄妹が?
バーテンダー・トーク

【カリフォルニアの隠れ家バー便り】
世界中からチャンスを求めて移住者がやってくる米カリフォルニア。人種の坩堝の中で生きる様々な人たちが、ふらりと訪れる小さなバーで働く日本人バーテンダーが、カウンター越しに耳にしたリアルなアメリカをつぶやきます。

アメリカで人気の民間DNA検査サービス

今日のお客様
背が高く、手入れの行き届いたきれいな黒髪の40代白人女性。図書館に勤めながら、趣味が高じてジニオロジスト(家系学者)としても活動中。「自分は父親似だと思っていた」のに、自分のルーツを調べるサービスを利用してみたら驚くべき事実が発覚。

 世界最大手の民間DNA検査会社アンセストリー・ドットコム。コロナ禍によく見かけた検査キットのようなものが自宅に届き、チューブに唾液を入れて送り返せば自分のDNA情報が簡単にわかるという、アメリカで人気の高いサービスです。同社はこれまでに約1800万ものDNAデータを収集しており、登録メンバー間で「DNAマッチ」があれば個別に連絡も来ます。

 この日、ひとりでカウンターに座られたお客様は、このサービスを使って自分のDNA情報を調べたところ、予想外の結果が届いてとてもショックを受けたそう。「実はね、父親が私の実親でないことがわかったのよ」と、複雑な胸のうちを話してくれました。

 このお客様はひとりっ子。父方の親戚はイギリスにいるので、イギリス系のDNA結果が出ることは予想できたものの、母方のルーツがあまり定かではなかったので、両親と3人でDNA検査を受けることにしたそうです。

 でも、楽しみにしていた検査結果で明らかになったのは、自分と父親とDNAがマッチしなかったことでした。「私を妊娠した40年前に、母は浮気をしていたのか?」という思いに駆られ、なかなか両親に検査結果を言い出せなかったとか。でも勇気を出して家族会議を招集、その席で初めて自分のルーツと「出生の秘密」を知ることになったそうです。

40年後の両親の告白

 「DNA検査を受ける前から、どんな結果が出るかわかっていた」——両親はそう話し始め、「DNAがマッチしなくても、親であることには変わりはない」という強い気持ちから、「この検査をきっかけに娘に本当のことを話す」と決意したとそうです。

 ご両親は、長い間、子宝に恵まれず、藁を掴む思いで、当時まだ一般的ではなかった不妊治療の臨床試験に参加。ドナーの精子と母の卵子で体外受精を行ない、ようやく授かった娘が彼女だった、という訳です。

 世間では様々な事情の親子の繋がりがあることはわかっていても、自分にそれを置き換えて考えたことはなかった——だから40歳を過ぎて初めて「自分の父親は、自分とは血が繋がっていなかった」という事実を知り、かなり戸惑ったそうです。

出てくる、出てくる異母兄妹たち

 さらなるサプライズは、アンセストリー・ドットコムから「兄妹と思われるDN
Aマッチがありました」というメールが次々と送られてきたこと。

 「自分はひとりっ子だと思っていたけれど、少なくとも18人の半兄妹がいることがわかったの」

 現時点で自分と半分だけ血が繋がっている異母兄弟姉妹はなんと18人。この数字は「同社にDNAを提出し、マッチサービスを受けている人」の中でのマッチング数なので、実際にはもっといるかもしれません。「自分には世界中に何人くらい異母兄弟姉妹がいるのだろう?」などと考えたこともない私にとっては、どこか壮大な話に聞こえました。

 こんなことになった理由は、ドナーの状況にあったようです。どうやら、当時UCLAの大学生たちに「精子提供ボランティア」を募り、あるひとりの学生の精子がその不妊治療の臨床試験に何度も使われたようなのです。ドナーの情報や臨床試験参加者数は不明。さらに、その施術が行われたクリニックは30年前に起きた火事により、当時のデータは全焼し、記録は何も残っていないというのです。

 「ドナーが誰かは知りたくないですか?」と尋ねると、「調べようと思えば、きっと簡単にわかると思います」とのお答え。でも彼女は「まだその段階ではないし、異母兄妹みんなの意見や気持ちも聞いてみないといけないから」と言っていました。

異母兄弟でグループを作って

 今のところ、19人の中で男性は3人。ネット上で写真を見ることができた異母姉妹たちには、なんとなく血が繋がりが感じられる特徴があったそうです。異母兄弟姉妹たちの年齢差は最大で4年なので、同じドナーの精子が少なくとも4年間は使われていたとことがわかります。 

 DNAマッチングサービスを通して連絡を取り合ったのは、現在14人。なかには新しく見つかった家族とは関わりたくないし、知りたくもないという人もいたそうです。

 もともとはみんな南カリフォルニア出身で、現在の居住地は全米に広がっているものの、そのうち5人はこの周辺(南カリフォルニア)に住んでいるとのことで、もうすぐ彼女を含めた5人で実際に会うことになったとか。さらに「今後はこの異母兄妹グループの活動を広げて、月に一回ネットミーティング、年に一度くらいは実際に会う機会を作りたい」とも話していました。

 この話しをしているうちに、事実を知ってショックを受け、不安だった気持ちから、異母兄弟姉妹に会うことになったワクワク感に変化していった様子が伝わってきました。育った環境は全く違うけれど、半分血が繋がっている兄弟姉妹が、これから何人増えるのかも楽しみですが、「実際にみんなで会ったら、その話もぜひ聞かせてくださいね」とお願いしました。

 そういえば、少し前に有名人のルーツを探る日本のテレビ番組がネットで話題になっていたのを思い出しました。私はその番組を観ていないのですが、この番組を通して、「ずっと前に亡くなったと思っていた父親が、最近まで生きていた」とか、「腹違いの姉がいた」などが明らかになったとか。この番組がDNA検査を駆使しているとは思いませんが、有名人に限らず、手軽にDNA検査ができるアメリカで似たような番組を制作したら、ドラマチックな話がどっさり出てきそうです。

 実は他のお客様からも、このアンセストリー・ドットコムに関わる話題を聞いたのですが、それはまた次の機会に……。

今月のお酒:マンハッタン

カクテル マンハッタンのレシピ

 1880年代に生まれたとっても有名なクラシック・カクテル。その誕生については様々な説があるそうでが、ニューヨークのマンハッタンで生まれた説から名称がついたようです。アメリカ生まれですからアメリカのウイスキーを使いたいですね。本来はスパイシーなライ・ウイスキーを使います。少し甘めにするならバーボンを。材料がアルコールだけなので、シェイクはせず、30秒くらいステアしてしっかり冷やしてくださいね。ビターは一滴くらいで(オレンジビターはオプションです)。

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