第9話 持っている女 

シノラーと忘れられない雪のロケ

 私は新潟市の雪国育ちだが、帰省している正月に雪がまったく積もっていない日が年々多くなったと感じている。昔は新しい年を迎える朝、窓を開けると夜に積もった新雪がキラキラと輝いて、新年にふさわしいような気持ちになったものだが、それも遠い記憶になってしまった。

 私には忘れられない雪の中での撮影がある。それは12年前……。

 思いがけずに良いシーンが撮れた時、「持ってるね!」とスタッフとたたえ合うことがあるけれど、本当に「持っている人」はいる。それを目の当たりにしたのが、篠原ともえさん。2012年、NHK『旅のチカラ~星から生まれた人々の村へ』のドキュメンタリー番組で、篠原さんと一緒にフィンランドへ旅をした時だった。

 篠原さんはご存知の通り、90年代にシノラーファッションで一世を風靡したお方。それから10数年後、33歳の大人になっていた篠原さんは、私の周りでは「ナレーションが上手な人」として知られていた。

 私が篠原さんに初めてお会いしたのも、ダンサーの森山開次さんがNYへ旅をした番組『旅のチカラ』のナレーターをお願いした時だった。録音が上手くいって気を良くしていた私は、思わず篠原さんに「篠原さんも旅、どうですか?」と気軽に声をかけたところ、「行きたーい!」とシノラー全開で元気な返事が返ってきて、この旅番組の企画がスタートした。

宙ガールはとても繊細な女性だった 

 篠原さんは高校時代に天文部に入るほど星が大好きで、「宙(そら)ガール」と呼ばれていたけれど、何か悩みごとがあると、よく星を眺めては語りかけていたそうだ。初めて打ち合わせをした時、そんな話を聞きながらお互いなぜか号泣して、机の上にティッシュが山積みになったのを憶えている。それまでは、いつも明るく元気なシノラーのイメージしかなかったので、とても繊細な女性で驚いたが、私たちと何ら変わらずに悩んでいたことに共感して涙したんだと思う。

 そんな星好きの篠原さんが旅する地は、フィンランドの最果て・ウツヨキ。太陽がほとんど昇らない極夜の季節で、運が良ければオーロラも見ることができる。

 旅の最大の目的は、北欧の少数民族サーミから彼らの持つ星座を教えて貰うこと。昔からトナカイを遊牧して暮らしてきたサーミ族には、西洋の星座とは異なる星座がある。1等星を繋ぎ合わせた大きな「トナカイ座」は、アルデバランの赤い星がトナカイの鼻で、オリオン座が足の部分にあたる。そして、自然と繋がりながら即興で歌われる「ヨイク」という伝統歌を、篠原さんは是非聴いてみたいと願っていた。

 マイナス30度以上にもなるウツヨキは、まつ毛も凍るほどで、顔に触れる空気が痛い。マイナス10度の日は暖かく感じる。そんな中、毎日昼間に撮影をして、夜は星を撮るという寝不足な日々が続いた。しかも思っていたより夜空は霞がかかったようにぼんやりしていて、満天の星というわけにはいかず、私は「番組が成立しなかったらどうしよう……」と心配していた。

「持っている女」とは、こういう女

 旅も終わりに近づき、サーミの女性に雪原の上でヨイクを歌って貰うことになった。灯りもない暗闇だけれど、雪の白さで周りは明るく見える。私たちは少し離れた場所から、高感度カメラでサーミの女性と篠原さんが心を通わせる様子を狙っていた。

 すると、驚くことが起こった。女性が歌い出してしばらくした時、真っ暗な夜空に突然、緑のオーロラが出現したのだ。カメラマンもびっくりして、三脚に付けていた一眼レフのカメラを素早く手に取って夢中でオーロラを撮り始めた。普通ならば、貴重なオーロラを三脚を使わずに手持ちのカメラで撮ることはないと思うが、それほど奇跡的な情景だった。ものすごいスピードで夜空に現れたオーロラを見て、篠原さんは大号泣。私はその時、確信した。これは良い番組になるだろうと……。

 篠原さんはそう、「持っている女」なのだ。

 私もオーロラを見たのはその時が初めてだったが、歌が終わると共にオーロラも消えていった。通常、オーロラは一度出たら長く続くらしく、そんな風にすっと消えてしまうオーロラは珍しいと現地の人も言っていた。

 その翌日、ものすごい数のトナカイが柵の中でグルグル走っている様子を撮っていたら、一頭のトナカイがカメラに突進してきて、音声を収録するパーツがボコッと取れてしまった。カメラが1台使えなくなったが、ロケも残りわずかだったのでなんとか切り抜けた。もしも、これが極寒海外ロケの序盤の出来事だったらと考えると恐ろしくて冷や汗が出る。ある意味、私たちスタッフも「持っていた」のかも知れない(笑)。

 12年前の出来事だが、良い撮影ができた番組はその時のシーンが今でも鮮明によみがえってくる。

 ひとつ、私は篠原さんに謝らなければならないことがある。

 昼夜撮影をしながら、毎晩深夜までその日に収録したメディアを取り込む作業をしていた私は、寝不足のあまり、なんと篠原さんにインタビューをしながら寝てしまったのだ。そんなことは長いディレクター人生でも初めてで、決してあってはならないこと……(汗)。篠原さんは笑い話にしてくれたけれど、本当にゴメンナサイ!

 いや待て、もうひとつあった。これは未だにその時のカメラマンから極悪非道扱いをされる話なのだが、ロケの間、毎晩篠原さんに絵日記を書いて貰っていたのに、番組の尺の関係で泣く泣くそのシーンを落としたのだ。重ね重ねゴメンナサイ!!

 こうやって思い出してみると、私のロケって、なんだかハプニングだらけだなぁ。でも、何が起こるかわからないから、ドキュメンタリーはおもしろい。

今月の駅弁紹介:越後の郷土料理「焼漬 鮭ほぐし弁当」

 2024年最初の駅弁は、越後の郷土料理「焼漬 鮭ほぐし弁当」(新発田三新軒)。鮭をじっくり焼き上げ、アツアツのうちに特設ダレの入ったカメに漬け込んで、一晩寝かせるそうだ。新潟の鮭といえば、村上市「三面川(みおもてがわ)」に遡上する鮭が有名だ。私もNHK『さわやか自然百景』で鮭の遡上を撮影したことがある。海で獲れる鮭よりもあっさりした味の印象があるので、醤油ダレに漬け込む「焼き漬け」という郷土料理があるのだろう。江戸時代から続く保存食の知恵らしい。

越後の郷土料理「焼漬 鮭ほぐし弁当」

 新潟へ帰省中に能登半島地震がありました。一日も早く平穏な日々が戻ることを祈っております。

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