話題の一冊!著者に聞く

誰のための子育て、何のための教育なのか?

 日本で今、ベストセラーになっている話題の教育本、『自分でできる子に育つ ほめ方 叱り方』。著者はモンテッソーリと、レッジョ・エミリア教育の研究者で教育学博士の島村華子さん。現在はカナダの大学で幼児教育の教員養成や執筆活動をされている島村さんに、大人が発する言葉がどのように子供に伝わるのかなどについて、お話を伺いました。

『自分でできる子に育つほめ方 叱り方』島村華子著

自分でできる子に育つほめ方 叱り方』島村華子著 

Q:  島村さんのご専門は教育。これを仕事にしようと思ったきっかけは?

 教育に興味を持ったのは、大学時代に留学したオーストラリアのホストファミリーのお母さんが、モンテッソーリの先生だったことがきっかけです。初めてモンテッソーリの教室に足を踏み入れたときに、衝撃を受けたんです。走りまわっているのが子どもというイメージしかなかったくらい、子どもの教育とは縁遠いところにいましたから(笑)。

 青空のオーストラリアで初めて、自己形成の表現というのは、内面から来るもっと奥深いものということを体験しました。子どもたちが何かに夢中になって集中している姿、自分で達成したときの満足そうな顔とか、内側から湧き出る生命力みたいなものに感動したんです。日本でしか教育を受けたことがなかった私にとって、先生たちが子どもたちの興味や個性に寄り添う環境作りをしている様子がとても新鮮でした。そんな風に尊敬と尊重を持って、子どもたちに接する教育に自分も関わってみたいと強く感じ、モンテッソーリ教師になる一歩を踏み出しました。

 その後、カナダのバンクーバーでモンテッソーリ教師の教員免許を取り、卒業後は現地のモンテッソーリの学校で働きました。ただ、モンテッソーリについては詳しくなったけれど、他の視点から児童発達学というものをあまり知らない自分にだんだんと気づき始めたんです。お教室にくる様々なニーズを持った子どもたちを、よりよくアシストするためには、自分の知識を向上させて、さらに子どもの発達に対する理解を深めることが必要だと感じました。その強い想いに後押しされて、イギリスに留学して児童発達学の修士号、教育学の博士号まで取り、現在にいたります。

Q: 島村さんの著書が日本で大変話題になっていますが、モンテッソーリとレッジョ・エミリアのことを簡単に教えてください。

 モンテッソーリ、レッジョ・エミリア教育ともに、イタリア発祥のオルタナティブ教育です。実際のカリキュラムの組み立て方など、ミクロな点では相違点が多いのですが、子どもをどう捉えているかという「子どものイメージ」は非常によく似ています。

 どちらの教育方法も、子どもたちを権利を持った一人の市民であり、能力に溢れた学習者として見ています。ここがモンテッソーリ、レッジョ・エミリア教育の一番の魅力だと思っています。この子どもたちへの絶対的な敬意の気持ち、子どもたちの生まれ持った強みを信じる目線が、ファシリテーターとして、そして共同学習者として大人が子どもに関わる原点になっています。情報伝達型の一方的な教育とは違い、両教育方法とも観察や対話を基盤に、子どもの興味を中心に学習が進んでいきます。子どもたちが主役となって、積極的に自分たちの学びを設計していくような環境を提供しているのが、両教育の素敵なところです。

カナダで暮らしながら大学で幼児教育の教員養成をしたり、執筆活動を続けていらっしゃる著者の島村華子さん

何気ない大人の一言が、子供の行動を操ってしまう

Q: なぜ、この本を書こうと思ったのですか? 

 もともとモンテッソーリ教育のトレーニングで賞罰は使わないと教えられていたものの、教員時代に何気ない大人の一言で子どもの行動をコントロールしている可能性があることを身をもって体験しました。「早かったね」とか「すごいね」ともてはやしたときに、子どもたちは最初こそ嬉しそうにしていたものの、徐々に自分のためではなく、他者から承認されるために何かをやるようになってしまうことに気づいたんです。外的評価が邪魔になって、大人は子どもの表面的な行動にこだわり、子ども自身も本質的な興味に没頭することが難しくなってしまうのです。

 ただ、実際に子どもたちと対話をする方法を私たちは学校では習いません。このために、多くの人が無意識におざなりな言葉を発したり、賞罰を使ってしまうのです。具体的にどんな言葉を発したら良いのか、どうしたら賞罰のループから抜けられるのかという情報をもっと多くの人たちに共有したいと思い、この本の執筆に至りました。

Q: 島村さんがこの本で最も伝えたいことは何ですか?

 一番伝えたいことは、わたしたち大人が言葉と行動の影響力を理解し、責任を持つ必要があるということです。ただ大人の都合が悪いから「ダメ」、思い通りに動いたから「良い子」という接し方は、子どもを操ろうとする大人のエゴの押し付けなんですよね。

 表面上の行動を超えて、いったん子ども目線で物事を見る努力をすることで、子どもの本質と向き合う機会が自然と増えると思います。誰のため、何のための子育て・教育なのかを、子どもも一緒になって考えていけるのが理想ですね。

Q:  モンテッソーリやレッジョ・エミリアの考え方は、大人同士のコミュニケーションにも活かせないでしょうか?

 モンテッソーリ、レッジョ・エミリア教育ともに、子どもを市民として尊敬し、生まれつきの成長力や才能を信じています。この相手への尊重・信頼の気持ちがあるからこそ、子どもに任せる、子どもの意図に真剣に耳を傾けるという行動につながっています。

 大人同士の関係でも同じです。根本的に人のことをどう捉えているかという「相手へのイメージ」が人間関係の肝ですよね。「この人はこういう人」いう思い込みや決めつけを持ったまま接すると、わたしたちは自分のバイアスを裏付ける事象にばかり目が行ってしまうものです。この歪んだ視点に気づくことは、自己認識の大切な一歩です。自分の偏見に自覚をもって、自分自身と相手の言動に向き合うことで初めて、相手の良さを感じ取ることができたり、違いも尊重できるようになるのだと思います。

Q:  日々、頑張っている日本のお母さんたちに応援メッセージを。

 世の中の親御さんには感謝と尊敬しかありません。子育ては、良くても感謝されるのに何十年もかかるような大変な仕事です。もちろん見返りを求めてやっているわけではないにしても、年中無休で頑張っている姿を誰も認めてくれないようなことが、ほとんどだと思います。社会的プレッシャー、仕事と家庭のバランス、慢性的な寝不足など、親御さんの苦労をあげたらきりがありません。もう十分すぎるほど頑張っていますから、疲れた自分を労い、余裕がないときの自分もまずはどうか許してあげてください。

 親も人間で、完璧な人なんていません。できることをできる範囲でやる、できない時も仕方ないと笑い飛ばす、小さなことでも出来たら自分をほめてあげる、日常の子どもとの何気ない時間を楽しむ、そんな子育てで良いのだと思います。本当に毎日お疲れ様です!

島村華子さんのプロフィール:

モンテッソーリ&レッジョ・エミリア教育研究者 。モンテッソーリ国際協会(AMI)の元教師。カナダのモンテッソーリ幼稚園での教員生活を経て、 オックスフォード大学にて児童発達学の修士号、教育学博士号取得。現在はカナダの大学にて幼児教育の教員養成に関わる。 専門分野は動機理論、実行機能、社会性と情動の学習、幼児教育の質評価、モンテッソーリ教育、レッジョ・エミリア教育法。著書 『自分でできる子に育つ ほめ方 叱り方』は14万部のベストセラー。ツイッター: https://twitter.com/hana_shimamura

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