私の人生を変えた一冊の本 #04

子育てと仕事をしながら大学へ通った日々

 本が人生に与える影響は、ときに計り知れないものがあります。困難から救ってくれることもあれば、想像もしていなかった気づきを与えてくれたり、一歩を踏み出すための背中を押してくれたり……。このコーナーでは様々な人生を歩む女性たちから、「人生を変えるきっかけになった一冊」をご紹介頂きます。

 今回ご登場してくださるのは、シリコンバレーの企業で財務責任者として働くスミスひとみさん。欧州系企業で管理職を務める敏腕バイリンガル・キャリアウーマンですが、実はアメリカへ移住したのは33歳になってから。渡米後、フルタイムで働きながら子育てを続ける傍で大学に通い、8年かけて卒業。社内公募で地道に昇格を繰り返しながらも勉強を続け、MBAを取得したのは、なんと51歳の誕生日という努力された方なのです。そんな苦労は微塵も見せず、いつもポジティブなひとみさんの人生を変えた一冊はこちらです。

『危機管理のノウハウ』佐々淳行著

危機管理のノウハウ佐々淳行著

 18歳の夏、家族に行き先も告げずに一日遊びに行っていた先から家に戻った私を迎えたのは、母の「どこに行っていたの!? お父さん、死んじゃったのよ!」という悲鳴にも似た叫び声と、黙って横たわっている父の亡骸でした。近くの海での溺死でした。

 専業主婦だった母は、3人の子供を抱えて39歳で突然未亡人に……。父の勤務先の社宅に住んでいたため、父亡き後、母と弟達は叔父を頼って縁もゆかりもない遠くの街に引っ越していき、専門学校生だった私だけが格安の家賃で住める場所を見つけて、それまで住んでいた街に残りました。

  突然のひとり暮らし。当然ながら経済的に全く余裕がなく、学校とアルバイト先を往復する日々を毎日、必死に生きていました。覚えているのは、家族と離れた寂しさ、お金のない惨めさ、僅かな保険にしか入っていなかった父への怒り、たまに泣きながら電話をしてくる母への困惑、今まで通りに遊んでいる友人達への妬み、そしてあまりにも突然に身近に訪れた死への恐怖……。

  そんな負の感情の中に生きていた私が、僅かに残された父の遺品の中から見つけたのが『危機管理のノウハウ』という本でした。その本に書かれていた"There is always a silver lining"という格言。

どんなに悪い状況であっても、必ず見える光がある

 八方塞がりだと思える中でも、希望を見つけていくという姿勢を持つ大切さ。そして、しばらく隠遁生活を送った後に政界へ復帰したチャーチル英元首相を引き合いに出し、負けた時の潔い姿勢を讃えた"Be a good loser" という言葉。

 これらの格言や言葉は、毎日泣きながら下を向いて歩いて生きていた私に「悪いことばかりではなく、良いことにも目を向けることの大切さ」や、「人生には、静かに時間が過ぎるのを待つ時期もある」ということを教えてくれました。

  43歳で天国に行ってしまった父とは、実はあまり仲が良くなくて、ゆっくりと話をした記憶もありません。私がもう少し大人になっていれば、きちんと話をする機会があったのかもしれませんが、それはもう叶わないこと……。いなくなってしまった父の代わりに、私に人生の危機の乗り越え方や人生の舵取りの仕方を教えてくれたのがこの本でした。私の手元に遺されたのは本当に偶然なのですが、父が私のために遺してくれたような気がします。

  私自身も歳をとり、父が亡くなった時の年齢をとっくに越えてしまいました。いずれ天国で会えるのかな? その時には、父が生きていた時には滅多に言ったことがなかったことを伝えたいです。  

 お父さん、ありがとう。

紹介者:スミスひとみさんのプロフィール

 1965年生まれ。シーメンス・ヘルシニアーズ(Siemens Healthineers)傘下研究開発部の財務責任者(Senior director of Finance)。1986年に神田外語学院を卒業後、アリコジャパン(現メットライフ)に就職し、約13年勤務。その後、1999年にアメリカ人の夫の出身地である米カリフォルニア州へ移住。移住後にシーメンズ・トランスポーテーション(Siemens Transportation) で秘書の仕事を得て、フルタイムで働きながらカリフォルニア州立大学を卒業。同社勤務中、フィナンス関連の部署に社内公募で異動。2010年にヘルスケア部門に異動し、現職に就く。2016年、サンダーバード国際経営大学院でMBAを取得。家族は夫と今年結婚したばかりの29歳の娘がひとり。

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