Contents
Vol. 11「マリッジ・ストーリー」
タイトルを直訳すると「結婚物語」ですが、この作品は離婚のお話です。
離婚をテーマにした映画は多いですが、私自身がその経験をしていないので、今までは自分が感情移入を出来る作品はありませんでした(「クレーマー・クレーマー」ぐらいまで遡ってしまうほどかも、笑)。それが、2019年に公開されたノア・バームバック監督の「マリッジ・ストーリー」を観た時、私は結婚していませんが、お別れしたパートナーとのことを思い出して涙を流してしまいました。ですから、シングルの人も共感できる作品だと思います。
これはバームバック監督が、自身が離婚した時の実体験を基に作った作品。現在はグレタ・ガーウィック監督と結婚し、昨年には第一子も誕生、そして二人がそれぞれ第92回アカデミー賞作品にノミネートされたことも話題になりましたね。では、まずは予告編をご覧ください。
切なさが込み上げてくるオープニング
離婚をテーマした映画は、とてもうまく言っていた結婚生活が、映画が進むうちに違う方向に行ってしまうケースが多いものですが、この映画が他の映画と大きく違うのは、バームバック監督のアプローチ。ある夫婦の離婚を前提にストーリーが始まる、というところなんです。夫チャーリーを演ずるのはアダム・ドライバー、妻ニコールはスカーレット・ヨハンセンが演じます。
映画のオープニングは、まず夫チャーリーが妻の長所をいくつも語り始めるところから。切なさが込み上げてきてしまいます。彼女が、息子にとっていかに素晴らしい母親であるか、優れた女優であるか、負けず嫌いであるか。軽々と硬い瓶の蓋を開けてしまう逞しさ、家族の髪を切ってくれることなどなど全てが幸せに包まれていた日々の話です。
同時に妻ニコールも、夫の素晴らしい才能や良き父親であること、仕事仲間を大事にすること、負けず嫌いなことなどを語り、それらのシーンが一緒に映し出されるんです。
こういうシーンを観ながら「あんなに笑った日々があったし、互いのことを理解していたと思っていたのに……」と、思わず自分自身と重ねて、元パートナーとのそんな日々を思い出していました。皆さんもこの映画を見ながら、そんなことを感じた過去の日々を思い出すのではないでしょうか?
弁護士の介入によって二人の希望が異なる方向へ
このあとガラリとシーンが変わるんです。実はこれは二人が結婚カウンセラーに話していることなのですね。長所を言うことにより、互いの関係が修復されるかも知れないという試み。
でも、ニコールは既に離婚を決めていることを伝えて、部屋から出て行ってしまうのです。ニコールはロサンゼルスでの女優のキャリアを辞めて、チャーリーの劇団を助けるためにニューヨークに移ったのですが、本当の夢は自らの女優としての道を再び進むことでした。
そして、8歳の息子ヘンリーの親権争いが始まるのですが、ここで登場するのがローラ・ダーン演ずる、セレブの離婚に強いノーラ・ファンショーという敏腕弁護士。この役で彼女は第92回助演女優賞も受賞。ハマっていました!
アダム・ドライバーもスカーレット・ヨハンソンも素晴らしい演技を見せてくれる役者ですが、このローラ・ダーンによるバリバリの女性弁護士のインパクトは強烈でした。「この戦いは勝つか負けるか、なのだから」と言い切るのです。離婚をしても「友達でいたい」と望んでいたチャーリーとニコールですが、本人たちの希望は弁護士が入ることにより、実現出来なくなって行きます。アメリカでは共同親権と言って父親・母親の両方が得ることが出来るのですが、そのためにはチャーリーはL.A.に移住しなければならないのです。
チャーリーも仕方がなく弁護士を雇いますが、雇ったのはレイ・リオッタ演ずる、一癖あるジェイ・マロッタ弁護士。裁判所では、チャーリーとニコールの夫婦生活が、まるで殺人事件の犯人を追うような形で説明されて行きます。たとえば車にチャイルドシートをきちんとつけられなかったチャーリーに対して親としての責任がないとか、少し酔っていたニコールはアルコール中毒の可能性があるかも知れないと言われるほど。まさに Winning or losing の世界。とんでもなく大袈裟な話に発展して行くのです。でも、これがアメリカでの離婚の現実かも知れません。人間同士の感情の間に法律が入ってくると、こんなになってしまうことが悲しすぎると言うか、恐ろしい。
主役二人の素晴らしい演技力に注目!
弁護士のあまりの冷たさに、チャーリーは「相手の弁護士には負けるかもしれないけれどもハートがある」アラン・アルダ演ずるバート・スピッツ弁護士を雇うことにします。その新しい弁護士から「この裁判に勝っても負けても、結局は二人のことなのだから」と言われて、気持ちが少し救われるのです。
この後、チャーリーとニコールが大喧嘩をする注目のシーンがあります。ここは役者としてのアダム・ドライバーとスカーレット・ヨハンソンの10分間に渡る演技の見せ所。初めは冷静に話をしようとする二人ですが、それがエスカレートし、最後にチャーリーが怒りに任せてとんでもない言葉を口にし、そんな自分に失望した彼はニコールの前に跪いて泣き崩れてしまう……。この二人の演技力は、映画史の中でも印象に残るのではないでしょうか。
そして、その後の男女の違いも、よく描かれています。それぞれのカラオケシーンでの選曲では、男性のチャーリーはどうしても引きずってしまうような、もしや戻れるかも知れないという希望さえ抱いてしまうような曲を歌ってしまいます。一方、女性のニコールの曲は明るい! 女優として希望を持って前進して行くのです。男性は過去の恋愛や結婚を引きずってしまうと言う説。これはよく聞く話ですが、実際はどうなのでしょうねぇ?
どうしても別れなければならない恋愛もある?
この映画を観終わった後に感じたのは、なかには醜いシーンもあるけれど、愛に溢れている作品だということ。これだけ一緒にいた家族ですもの。結婚していた時の愛の形とは違っても、新たにその人を愛する道を見つけなくてはいけないのかも知れません。私にとっては、これはラブ・ストーリーでした。
お互いのライフスタイルや一緒にいる時の心地よさ、理解しあっているのに互いの目指している将来のゴールが違ったり、いろいろな理由から、結婚していてもいなくても、どうしてもお別れしなくてはいけないことってあると思います。それだけに辛い。私にとっては、大喧嘩をして2度と顔を見たくないというような別れ方をした相手の方が辛くないかなぁ。
ネタバレになってしまいますが、最後にニコールがチャーリーの靴の紐を結び直してあげるシーンがあるのです。ここで私はじんわりと来てしまいましたが、皆さんはこの映画を観てどう感じられるのでしょう? パートナーと二人でご覧になるのもお勧めです。
では、次回もお楽しみに!