とうとう太郎くんが引っ越して来た!

児童養護施設から我が家への5歳児の引っ越し

 いよいよ太郎くんが児童養護施設から我が家へ引っ越して来る日がやってきました。引っ越しが決まってからの数週間、太郎くんとの交流を続けながら、私はこれからの生活はどんなものになるのか、楽しみと不安が入り混じった気持ちを抱きながら過ごしてきました。

 金曜日の夕方、定時に職場を出て児童養護施設に向かいました。車が施設に近づくにつれて、楽しみや不安が入り混じった気持ちがどんどん膨らんで来ます。「もう後ずさりはできない!」と気合をいれると、ハンドルを握る手にも自然に力が入りました。

 児童養護施設に到着すると、これまでにないくらい大勢の職員さんたちが私を迎えてくださいました。みんなで太郎くんを見送るために。

 そのうちのひとりの職員さんが私のところに来て、引っ越しに伴って私が預かる太郎くんの書類について説明してくれました。渡されたのは3つでした。

  • 住民票
  • 母子手帳
  • 太郎くん名義の銀行口座に関する書類

 次に、太郎くんと一緒に引っ越す5年分の荷物の説明がありました。身の回りのものに加え、アルバム、おもちゃ、自転車……。私の車へ荷物の積み込み作業が始まると、あっという間に車の中はいっぱいに。「5歳児の荷物も、意外に多いものなんだな」と、私はその量に圧倒されてしまいました。

職員さんたちが抱く想い

 とうとう太郎くんが職員さんとお別れする時がやってきました。職員さんが次々に太郎くんと言葉を交わしている様子を見守りながら、私は「太郎くんは、自分が置かれた状況を分かっているのかな? 泣いたりしないかな?」などと考えていました。ひとりひとりの職員さんの表情から、「この特別養子縁組が成功して欲しい」とか、「寂しいけれど、太郎くんには家庭で幸せになってもらいたい」というような思いが溢れているように見えました。

 すると、この施設に最も長く勤務している職員の中村さんが来て、「ももさんに、この本をぜひ読んでいただきたいのです」と、私に一冊の本を差し出しました。そして、「この本は、乳児院や児童養護施設、里親家庭で育った子供たちの心の変化や心理的なことを中心に子どもの成長について書かれたものです。今後、太郎くんと生活していく上できっと役に立つと思うので、私からプレゼントさせて下さい」と言われたのです。

 私は中村さんからその本をありがたく頂き、以来、この本は私の人生で最も影響を受けた一冊となりました(ひとりでも多くの方に読んでいただきたいので、本の詳細については今後改めて紹介します)。

夜空に輝く月を一緒に見上げて

 太郎くんと職員さんたちのお別れのやり取りを見守りながら、ふと空を見上げると、澄んだ夜空にとてもきれいな月がくっきりと出ていました。

 いよいよ太郎くんが車に乗り込もうとした時、私は太郎くんと一緒にこのきれいな月を見たいと思ったのです。そこで、太郎くんの背丈に見合うように腰をかがめて、「太郎くん、今夜はお月様がきれいだね」と声をかけました。すると太郎くんも「うん、大きくてきれい!」と言って、二人で数秒間、月を見上げてから、職員さんへ頭を下げて車に乗り込みました。

 バックミラーには、車が見えなくなるまで職員さん全員が手を振り続けている様子が映っていました。その様子を見ながら、私は心の中で太郎くんにこう叫びました。

「太郎くん、もうあなたの居場所を心配することはないからね! 安心してね!」

 なぜか、この言葉が自然と自分の中から出てきました。

我が家へ引っ越し後の最初の夜

 我が家に到着後、車と家の中を何回か往復し、あらかじめ用意していた太郎くんの部屋へ荷物を運び入れました。私はやらなければいけないことがあると、それを先に済ませてしまいたい性格なのですが、この日は特別な日です。荷物の片づけは週末に回し、太郎くんと過ごす時間を優先させることにしました。

 引っ越し当日は、太郎くんが好きなアニメ番組が放送される日だったので、私と一緒にそれを観てから、お風呂に入ることを提案すると、太郎くんは上機嫌になりました。そんな太郎くんの様子を見て、私もほのぼのとした気分になりました。

 アニメ番組を見終わって、お風呂の準備に取り掛かると、太郎くんはお風呂の中で遊びたいおもちゃがあると言い出しました。引っ越しの荷物は私が詰めたものではなかったので、何がどこに入っているのかわからないまま探していると、「あったぁ~」と嬉しそうな太郎くん。お風呂では、おもちゃで遊びたい放題に遊び、満足そうな様子でした。お風呂から出てまた少し遊んだ後に、太郎くんはふとんへ。その横で私は、彼のために絵本を読み始め、絵本の世界に入り込んでいきました。そして最後まで読み終わると、ハッと気づいたのです。

「そうだ、太郎くんがいるんだ!」

 慌てて隣にいる太郎くんを見ると、彼はすでに夢の世界へ。「太郎くんがいることを忘れて絵本に没頭してしまうなんて、私はこれから大丈夫なんだろうか?」と思いながら、私は静かにその場を離れて部屋の扉を閉めました。

「おやすみ、太郎くん」。

 こうして太郎くんにとっても、私にとっても長い初日が終わり、我が家での新生活が本格的に始まりました。次回もお楽しみに。

<前回までのお話>

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