私の人生を変えた一冊の本 #03

自らの意志で人生を選び取ることが難しくなったからこそ

 本が人生に与える影響は、ときに計り知れないものがあります。困難から救ってくれることもあれば、想像もしていなかった気づきを与えてくれたり、一歩を踏み出すための背中を押してくれたり……。このコーナーでは、様々な人生を歩む素敵な女性たちから、「人生を変えるきっかけになった一冊」をご紹介頂きます。

 今回、ご登場してくださるのは、結婚を機に日本から香港へ生活の基盤を移した汪 江美子さん。香港で子育てをしながら、当地でかのブルースリーの映画作品なども手掛けてきた映像プロダクション会社の日本事業戦略も担当する多忙な毎日を送っていらっしゃいます。転職や結婚、離婚、再婚、そして外国へ移住などドラマチックな人生を送る江美子さんの「人生を変えた一冊」はこちらです。

二十歳(はたち)のころ』立花隆+東京大学教養学部立花隆ゼミ著

二十歳(はたち)のころ立花隆+東京大学教養学部立花隆ゼミ著

 就職、婚約破棄、不倫、結婚、別居婚、夫の浮気とDV、離婚、再婚、国際結婚、流産、出産、復職、離職、海外移住……。二十歳の頃から人生をもう一周する間に、あの時は白紙だった自分の物語に、まぁ随分といろいろな出来事が書き加えられたものだと思います。

 私が二十歳を少し超えた頃に出会った本が『二十歳のころ』でした。これは東京大学教養学部の立花隆ゼミの学生たちが、自分の会いたい人について調べて取材し、原稿に起こした二段組で665頁にも渡る書籍です。そこには、68人の有名無名の老若男女たちが悩み、もがく「二十歳のころ」の姿がありました。

 立花隆氏は「はじめに」の中で次のように述べています。「二十歳前後というのは……、人が自分を発見する時期である。自分の生き方を発見する時期である。(中略)人生の選択を迫られながら、選択ができない時期でもある。(中略)そういう時期なしには、どんな人生も成立しないのである。自分の二十歳前後をうまく通過していくために、いろんな人の二十歳前後を知ることが必要なのである。」

 二十歳を過ぎたばかりの私は、大学院で研究者としてキャリアを積むことの限界を感じ始めていました。自分の貯金で学費は賄うから生活費だけサポートして欲しいと地方に住む両親を説得して進学した大学院だったのに、知的好奇心は旺盛でも、物事をとことん突き詰めて没頭することは苦手だったようで、自らの研究分野やオリジナリティをどこに打ち立てるのか見えなくなっていたのです。『二十歳のころ』には、そのとき無駄なように見えることも自らの意志で補っていきさえすれば、その先に得られるもの、生き抜く知恵が見つかるのだということを示唆する68人それぞれの人生がありました。

 夫の都合による海外移住。コロナ禍。守るべき子供たち——。四十歳を超え、二十歳の頃とは異なり、自らの意志で人生を選び取ることがとても難しくなった。そう感じて最近また、あの頃読んだ『二十歳のころ』を紐解いています。

 皆、教科書で一度は読んだことのある「わたしが一番きれいだったとき」の詩人、「戦後現代詩の長女」と言われる茨木のり子さん。『二十歳のころ』の中で「自分をつかむというのはむつかしい……まだつかんでないかもしれないわね。だから死ぬまでつづくんじゃないでしょうか」と鬼籍に入る十年前、取材当時七十歳の彼女が語っていて、あの時は読み飛ばしていた文章が今になって心に響きます。

 もう既に、二十歳の倍以上の人生を生きてきたけれど、この先に得られるものを信じて、置かれた環境に言い訳することなく、もう一度、愚直に自分の人生に立ち向かいたい。そして、いつの日にか自分の二十歳の頃を語って人生のバトンを次の世代に渡したい、そう願ってやみません。

この本を紹介して下さった江美子さん。背にしているのは香港のスカイライン。

紹介者:汪 江美子さんのプロフィール

 汪 江美子(わん・えみこ)。サロン・フィルムズ・ジャパン株式会社COO。1977年生まれ。2002年、慶應義塾大学大学院修了。同年、日本・東京商工会議所に入社。経済産業省、法務省との折衝から、中小企業の事業転換や倒産回避の相談現場まで、多岐にわたる業務に従事。15年半に渡る勤務を経て、香港人の夫の仕事の都合により、2019年に香港へ移住。2020年4月から現職。香港本社を拠点に日本支社における事業統括を行う。プライベートで執筆活動も行う男児2人の母(インター校に通う6歳、3歳)。

インスタグラムhttps://www.instagram.com/emi_m_wang/

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