私が選ぶ、1本の映画 #03

大切な人が急に去って逝ってしまったら……

 1本の映画が、何かに迷っている自分の背中を押してくれたり、気づきを与えてくれることがあります。このコーナーでは、様々な人生を歩む素敵な女性たちに「心に残った映画」を1本選んで紹介していただきます。

 今回ご登場いただくのは、育ち盛りの2人の男の子の子育てに奮闘しながら、自身の生活も謳歌している横浜在住の阿井友子さん。ナチュラルフードや音楽やファッションの探求をはじめ、生け花では師範でもある友子さんは大の映画好き。ひと月に何度も映画館に足を運ぶという友子さんがお勧めする1本は、カンヌ映画祭「ある視点」部門で監督賞を受賞した邦画『岸辺の旅』です。

黒沢清監督『岸辺の旅』

 大切な人が急に去って逝ってしまったら……。

 「彼に触れたい、逢いたい、話したい、抱き合いたい、寂しい、哀しい、どうして?」という想いを抱く日々の葛藤は、なかなか消えないと思います。

 この映画は、3年間も行方不明だった夫が突然ひょっこり現れて、「俺、死んだよ」と告げられた妻が、すでに死んでいる夫と共に、失踪中にお世話になった方々に逢いに行くというストーリー。あの世とこの世が入り混じった旅先での様々な人間模様が静かに描かれますが、それでいて内面の激しい感情も描き出されます。

 ていねいなお話だなと感じたところは、残される人が「亡くなった方とお別れをする期間」を与えられ、失う前の心の準備が出来るところです。私は自分の身近の人が亡くなる度に、「どのような死に別れでも、後悔は付き物なのかも」と痛感しますが、その「死に別れ」にとても優しく触れている作品だと思います。

 浅野忠信さん扮する死んだ夫・優介には、消えてしまいそうな透明感と影があります。ちょっと、とぼけたところも……。声が小さめな感じで映像も暗めなので、耳を傾けようと思わず前のめりになって観てしまいますが、それによってさらにこの映画の世界へ引きずり込まれていきます。

 深津絵里さん演じる奥さんのみっちゃん(瑞希)は、あの世という世界を目の当たりにして、夫の優介がいつ消えてしまうのかと不安を抱えつつも、夫が側にいることが嬉しい。そして、初めての出来事に驚きながらも次から次へと起きることを受け止めつつ、冷静だったり感情的だったりするのです。みっちゃんが、別れが近づいていると悟った切なさとか、「(あの世とこの世の)違いなんて何もないのかもね」と明るく振る舞ったりする様子が可愛いなと思いました。私だったら、すぐには受け止められずに騒ぐだろうから、あんなに落ちついていられないと思います。

 旅の最後に訪れた村では、優介が「無こそが全ての基本」、「(私たちは)宇宙の始まりに立ち会っている」などと、村人たちに優介先生として話すシーンもとても面白かったです。

 映画には、死者が戻ってくると言う滝が出てくるのですが、そういう場所は実際にこの世の何処かに存在しているんじゃないかなと思います。

 実は去年の緊急事態宣言前に家族でグランピングに行った時、洞窟と滝巡りをしたのですが、その時に私だけが怖くて、どうしても滝の上までよじ登れなかったことがありました。そのとき私は、「映画の岸辺の旅に出てきた滝みたいで、なんか怖い」と言ったのですが、なんと、その場所が映画のロケ地であることを後ほど知りました。

 人って、切なくて、強くて、弱くて、美しくて、クスッと笑えるところもあって愛おしい。誰もに「岸辺の旅」のチャンスが与えられたら良いのにと思います。後悔しないように生きたい、周りの人を大切にして、優しくありたいと改めて感じさせてくれる映画でした。

阿井友子さんのプロフィール

ともちゃんプロフ

阿井友子。横浜市在住、男児2人の母。音楽鑑賞、映画鑑賞、読書、海、旅行、キャンプ、友達とワイワイ飲むのが好き。宣法未生流華道師範で、たまに先生もしている。ナチュラルフード・コーディネーターの資格を持つ。「好きなバンドのライブに行きたい!」、「ハワイでまたイルカと泳ぎたい!」、「まったく乗っていない中型バイクで思いっきり風を切りたい!」と思っている今日この頃。

黒沢清監督『岸辺の旅』

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