尼寺から旅立ち、創作家の道へ(前編)

デビュー本が、アマゾンでカテゴリー1位に!

 本誌で『まっちゃん劇場』を連載中のなごみ創作家、まっちゃん。デビュー書籍『尼寺のおてつだいさん』が本日、発売されました(祝)。完全予約で作った特装版500冊は、なんと3時間半で完売。その後、一般販売の予約が始まるや否や、Amazonランキングでカテゴリー(女性と仕事)1位に! 総合ベストセラーでも6位にまで浮上し、新人作家の初作品とは思えない支持を得ています。

 でも、まっちゃんは作家としては遅咲きです。バックパッカーで海外を旅したり、山の上にある尼寺で何年も暮らしたり、様々な稀有な経験をマイペースに積み重ね、一歩ずつじっくりと人生を歩んできました。そして今、ようやくなごみ創作家として歩み出したまっちゃんに、これまでの人生とこれからについてお話を伺いました。

祝!まっちゃんの人生初インタビュー公開

—漫画やイラスト、水彩画など様々な絵を描かれますが、幼い頃から絵を描くことが好きだったのですか?

 「父も母も絵は上手くなかったですが、私は子どもの頃から絵を描くことが大好きでした。姉は絵がすごく上手でしたね。私は3頭身のような人物の絵を描くけど、姉はリアルな絵を描くのが得意でした。

 子どもの頃から、よく姉の真似をして少女漫画を描いていましたね。姉が持っていた『キャンディ♡キャンディ』は、私が読んだ初めての漫画です。その頃、流行っていた『なかよし』と『りぼん』を姉と私で1冊ずつ、おこづかいで買って夢中で読んで。おばあちゃんの家に行くと、裏の白い広告の紙をたくさん集めておいてくれたから、姉と従姉妹と一緒に漫画のキャラクターなど、たくさん絵を描いていましたね。」

—そういう背景があって、絵が上手くなったんですね。

 「絵が上手だね、ってよく言って貰うのですが、自分では人より絵が得意だと思ったことは一度もないんです。子どもの頃に褒められた記憶もない。あ、一度だけあったかな? 小学校の低学年の時、図工の時間にクラスメイトの顔を描いて褒められました(笑)。絵が上手いと褒められるのは嬉しいけど、自分で上手いと思ったら終わりだと思っています。もっと頑張らないと!って。」

まっちゃんの個人史(まっちゃん作)

—中学、高校時代はどんな学生だったのですか?

 「中学の時は、ソフトボール一筋で、ファッションにも全く興味もありませんでした。3つ上だった姉が高校で漫画研究会(漫研)に入っていたのを聞いていたので、私も高校生になると漫研に入りました。部員は3人だけの漫画研究同好会。周りに絵を描く友人がいなかったから1人で漫研に入ったんですが、好きな思いを誰かと共有したかったんですね。漫研では、秋里和国さんの漫画やドラゴンボールとかを自分の画風で描いたり、オリジナルのキャラクターも描いていましたね。私は文章だけを読むのが得意ではなくて、本を読むよりは、とにかく漫画を読んでいました。絵で記憶するとか、絵で表現する方が得意なんです。絵でどう伝えるかということは、読んできた漫画の経験によって培われてきたんだと思います。

 これも姉の影響ですが、外部の漫画サークルにも入っていました。音楽好きのサークルで、自分の好きなアーティストを同人誌に描いてましたね。誰かは恥ずかしくて言いたくないけど(笑)。漫画の描き方は、姉が同人誌に描いていたのを真似して覚えていった感じです。かなり姉の影響を受けていますね。今、姉とは離れて暮らしていますが、私のGo Women, Goでの連載を楽しみにしてくれていて、何度も読んで笑っているって言ってくれます。」

—高校卒業後は、デザインの専門学校に進学したんですよね?

 「私は漫画を描くのは大好きだけど、ストーリーを考えるのが苦手で、漫画家にはなれないと思っていました。だから高校卒業後は、イラストレーターを目指して、デザインの専門学校に進みました。将来はデザイン事務所に入ろうと思って、就職試験をいくつか受けたのですが、落ちてしまって。その道を諦めたんです……。そのあとは、スーパーの品出しのアルバイト生活でした。だから今、好きな絵を描いて本を出せたことが、信じられないんです。私は一度、夢をあきらめた人間ですから。」

—でも、そうして一度は諦めた夢が今になって叶ったんですよね。それって本当にすごいです!

「こんな奇跡って起こるんやなぁ……と、感慨深いです。」

海外をバックパッカーで放浪

 —若い頃はバックパッカーで世界中を旅したそうですね。

 「中学生の頃からかな、漠然と海外に行ってみたいと思っていました。22歳のとき、専門学校の友人とインドネシアのバリに行ったのが、初めての海外旅行です。その旅がすごく楽しくて、思い出を1枚の絵に描いて、今も私の部屋に飾ってあるんですけど、それからいろんな国へ行ってみたい!と思うようになりました。ツアーではなくて、気楽な自由旅行で。」

バリ旅行の思い出がいっぱい詰まった絵

 「それからは、たこ焼き屋さんや試食販売の短期バイトをいろいろやっては旅のお金を貯めて、1年に1回、3週間くらいバックパッカーで旅してました。そんな生活が10年続いたかな。気づいたらアジア、ヨーロッパ、中東を40カ国も回っていましたね。旅の途中も、小さなスケッチブックと水彩道具を持って、時間があるときは絵を描いていました。やはり、写真やテレビで見るより、自分の目で生で見るのとは全然違うんです。インドのタージ・マハルは、細かい彫刻の立体感に感動しました。これを作っている人がいるんだなぁって。当時の絵は今も大切にとってあります。コロナ禍で旅ができない今、時々その絵を引っ張り出して眺めては、その土地に思いを馳せたりしています。」

ポーランドのワルシャワを旅したときの絵

人間関係に悩んで引きこもり。そして尼寺へ

—著書にも少し書かれていましたが、引きこもりだった時期もあったそうですね。

「英語を勉強したいと、アイルランドに留学したこともありました。でも、そこで出会った日本人たちと上手く関係が築けなかったんです。もともと私は人との距離間をとるのが下手で、何度も同じ失敗を繰り返し、悩むことが多かった。そういうことがきっかけで、引きこもりましたね。実家の私の部屋で、明るいうちに起きるのは罪悪感があったので、夜に起き出してテレビをずっと眺めてました。なんであの時、あの人と上手く付き合えなかったんだろう……って、ずっと考えていました。だから、今でも人との付き合いには臆病になってしまいます。ただ、絵を描いているときは、嫌なことも忘れてしまうくらい無心になれる。だから好きなのかもしれません。」

—その頃に、尼僧の慈瞳さんと出会われたんですね?

「はい。引きこもってはいたけれど、そこから抜け出したいとずっと思っていました。そんな時に出会ったのが、尼僧の慈瞳さんなんです。心を落ち着かせたいと通っていた瞑想センターに慈瞳さんも来ていたんですよね。私はチベットを旅した時から仏教に興味を持っていましたが、尼僧さんに会ったのは初めてで、興味津々で慈瞳さんにたくさん質問をしました。そして、慈瞳さんから尼寺でお祭りがあるから手伝ってと言われて、初めて尼寺に行きました。それが、引きこもりから抜け出したきっかけでした……。」


———後編へ続く———

まっちゃんプロフィール

NHK『やまと尼寺 精進日記』に登場したお手伝いさん。子どもの頃から絵を描くのが大好きで、高校で漫研に入り少女漫画を描きまくる。デザインの専門学校に進み、卒業後はバックパッカーで世界40カ国を放浪。帰国後、尼寺のお手伝いさんに。創作手作りが好きで、裁縫や消しゴム判子が得意。
公式サイト:https://www.m-anicca.com/

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