第13話「初めてのものに惹かれる理由」

初めて食べるものに惹かれる人と惹かれない人

 撮影の仕事は「知らない土地」へ行くことが多い。行ったことのない場所に行って地方の郷土料理に出会うのが、私にとって楽しみのひとつ。仕事だけれど疑似旅行みたいなものだ。でも旅行とは違うのは、旅の同行者は仕事関係者。だから必ずしも私と趣味や食の好みが合うわけではない。

 私は地方ロケに行って食事をする時は、なるべくその土地のものを食べたいと思う。たとえば居酒屋に入って聞いたことのない料理が書かれたメニューに出会うとワクワクして、それを頼んでみる。でも、世の中にはそうは思わない人もいる、ということを知った。

 たとえば、私のアシスタントをしてくれていたAD君。彼は必ず「以前食べたことがある美味しいもの」を頼む。その理由を聞いたら、「知らないものを食べて外したくないから」と言っていた。

 私の妹と亡き母もAD君と同じようなタイプだ。二人は何十年も通っているイタリアンの店で「悪魔風パスタ」だけを頼んでいたので、たぶんお店の人に「悪魔風パスタの親子」と言われていたはず。私なら前菜やらピザやらいろいろ頼みたくなるが、二人曰く「いろいろ試した結果、この悪魔風パスタに行き着いた」から「他のメニューはいらない」そうだ。

人生に置き換えてみても然り

 思い返すと、私は「食べたことのない知らない料理」を頼んで失敗することが度々ある。でも「失敗したなぁ」という後悔を口にしても、どうしても一度は試してみたくなる。

 これは、人生に置き換えてみても然り。「あんな男やめた方がいいよ」と友人たちが散々注意してくれているのに、なぜかいつもダメな男の方に向かってしまう傾向がある(失笑)。  

 たぶん、AD君は失敗しない生き方を選択して、確実な人生を歩むタイプだ。私はというと、目の前の楽しいことに飛びついて、あとあと後悔するキリギリスタイプなのだろう……。

駅弁はこんなにたくさんあるのだから

 連休が近くなると、テレビの情報番組ではこぞって『旅特集』を流す。その中で必ずといっていいほど紹介されるのが「駅弁」だ。私は連休でも仕事のことが多いので、「私には関係ないや」と少しひねくれながらテレビを眺めていたが、駅弁を買うお客さんのインタビューを耳にしてハッとした。

 「私はいつも絶対、この駅弁を買います」「僕は必ずこの駅弁と決めています」という人の何と多いことか……。

 「世の中にはこんなにたくさんの駅弁があるのに、なぜ同じ駅弁を選ぶのか?」と驚いたけれど、そのインタビューを見て初めてわかったことがあった。そう言っている人たちは、久しぶりの旅行にはお気に入りの駅弁をお供にしたいのだ。その気持ちはわからないでもない。

 だけど、駅弁は驚くほどたくさんある。1年間毎日違うものを食べても食べきれないだろう。「日本にはもっとたくさん美味しい駅弁があるのよ」とテレビを見ながら突っ込みたくなったが、聞こえるわけがないので黙ってやりすごした。

 好みは人それぞれだが、私はせっかくならいろんな駅弁を試してみたいと思う。失敗しないと分からないことだって、ある。  

 このコラムが公開される頃はきっと担当番組の編集中。毎日ヒーヒー言いながら、編集室の中で食べるお弁当が唯一の楽しみになっていることだろう。「この仕事が終わったら、美味しい駅弁を買って旅に出るぞー!」という小さな夢を抱きながら。

今月の駅弁:「新宿弁当」と「鯵の押し寿司と小鯛の押し寿司」

 なかなか旅に出かけられないので、少しだけでも旅の気分を味わおうと、 JR新宿駅構内にある『駅弁屋 頂(いただき)』で駅弁を物色してみた。

 そこで目に留まったのが「新宿弁当」。新宿駅限定なのだろうか? レトロな包み紙がノスタルジックな気持ちにさせてくれる。弁当箱は二段になっていて、ひとつはごはんに梅干しだけの日の丸弁当。もうひとつのおかずの方は、長野の安養寺味噌で焼いたカレイの西京焼き、野沢菜炒め、鶏肉の山賊揚げなど、中央線沿線の長野や山梨に関連するものが詰められている。デザートには巨峰の寒天餅が入っていた。駅弁はやはり、その土地の食材が入っていると旅の気分を一層盛り上げてくれるよね。

 こちらの駅弁は、湘南鎌倉名物「鯵の押寿しと小鯛の押寿司」。包み紙がいつもと違ったので買ってみたが、湘南モノレールが大船~西鎌倉~江の島まで全線開通50周年を記念して大船軒とコラボしたらしい。包み紙の裏側には湘南モノレールの昔の写真が載っている。当時は松竹大船撮影所もあって賑わっていたんだろうなぁと、写真を見ながら遠い昔に思いを馳せる。今度、湘南モノレールに乗ってみようかしら。駅弁ひとつから思いがけない旅が待っていた。

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