社会を変えるオンナたち <真水美佳さん>

日本にも乳房再建手術の情報を届けたい

 社会に新しい価値観を広めたり、地域や環境をさらに良くしていく活動を続けるエシカルな女性たちを紹介するシリーズ「社会を変えるオンナたち」。第1回目は、日本ではまだ広まっているとは言えない乳房再建手術の情報を届ける活動をされている、真水美佳さんをご紹介します。

 当時アラフォーのバリキャリだった真水さんは、乳がん宣告を受けて目の前が真っ暗になった経験をお持ちです。そのときの気持ちや必要だったサポートを常に心に留めながら、これから手術を受ける方々に温かく声を掛け、正しい情報と勇気を与える活動を続けていらっしゃいます。乳房再建手術をした胸は「見なければわからない」という想いから、アラーキーこと写真家の荒木経惟氏に直談判。ご自身もモデルのひとりとして参加し、2010年に発表した写真集『いのちの乳房 —乳がんによる「乳房再建手術」にのぞんだ19人—』は、大きな話題になりました。同じ病と闘う女性たちに大きな希望を与え続ける、バイタリティー溢れる真水さんに、お話を伺いました。

真水美佳さんに聞く10の質問

1)NPO法人E-BeCは、どのような活動をしているのですか?

 E-BeCでは、乳がんでお胸を失った方に乳房再建の情報を届け、乳がん患者さんの生活の質(QOL)を向上するお手伝いをしています。具体的には、たとえばウェブサイトで科学的根拠に基づいた情報の発信。これには必ず医療の専門家の監修を付けています。また、地方ではなかなか乳房再建の情報が取れないので、「乳房再建全国キャラバン」というセミナーを地方で開催。平行して首都圏でも大規模なセミナーを開催しています。それから、患者目線で作った『乳房再建手術Hand Book』の製作。これは全国の多くの乳腺外科と形成外科で使われています。E-BeCを設立した9年前から毎年、乳房再建に関するアンケート調査も行っていて、意識がどう変わってきたかなどを調査しています。ただ、私たちが活動を始めた頃から環境が全然変わらないので、残念ながら意識もあまり変わってはいないのが現実です。

2)ここに至るまでの経歴と経緯は?

 私は2008年に両側(りょうそく)乳がんだと告知され、右側は乳房全摘出、左側は乳房温存するけれども左上に引き連れますよと言われて、真っ青になりました。「絶対に切りたくない。胸を失うくらいなら、もう何もしないで天寿をまっとうしよう」とまで思い詰めて。その「胸を失いたくない」という思いから、どうにか切らない方法はないかと必死で情報を探し続けて、手術難民になったほどです。

 調べるうちに乳房再建を知ったのですが、それが出来る病院が探せなかったんです、情報が全然なくて。やっと探して出てきたのは乳房再建者のブログくらい。自分でもいろんな病院を回り、「こうなったら再建を前提に乳がんの手術をしてもらおう」と、自分で医者に掛け合いに大学病院に行ったんですね。そうしたら、たまたま有名な医師の診察を受けることができて、結果的にそこで手術を受けられたんです。同時再建、つまり乳がんの手術と再建手術をいっぺんに行えて、本当に助けられました。再建手術はがん治療のモチベーションに繋がります。でも、それを知らない人が多かった。そのために何か活動をしたいと思い、仕事を辞めて再建に関する情報を発信するためのNPOを立ち上げました。

3)乳房再建をされた女性たちの写真を作られたのは、なぜですか?

 私は「乳がんの手術をしたら、どんな胸になるのか?」が、すごく見たかったんですよ。周囲には誰もいなかったですし、それまで医師たちが撮っていた再建前と再建後の写真は、胸だけのアップで顔は入っていない資料写真ばかりで、見る側からすると実感が湧かなかった。だから、自分が再建してしばらく経ってから、「再建後の様子が実感できる写真集を作りたい!」と思ったんです。当時、仕事柄、プロジェクトの企画や編集に関係していたこともあって、「写真集を作りたい」という話を周囲にしたら、「それいいね」ということになって、写真家の荒木経惟さんを紹介していただいて。お会して話をしたら、「いいね、やろう」と即決まって、それから慌てて出版社とモデルさんを探しました。医師たちからの紹介や患者会、ツイッターなどで募集すると、モデルになってくれる方たちもすぐに集まったので、企画を立ててから半年ほどで出版することができたんです。

 でも、フルヌードの写真集だったので、いろいろなご意見をいただきました(笑)。あえてフルヌードにしたのは、モデルさんに覚悟して欲しかったからです。再建ではお腹やお尻、太ももなどの自家組織を胸に移植する方法があり、その傷も写したいという意図もありました。でも、この写真集を学会のブースで販売したら、海外の医師たちは好意的に受け止めてくれたのに、日本の医師たちは冷ややかでしたね。新しいものに対する拒絶反応だと思いますが(苦笑)。だからこそ、「医療従事者にも理解をしてもらわないといけない」と思い、助成金や企業の支援を受けて写真集を全国各地の乳腺外科医や乳がん看護専門看護師さんに向けて送付しました。

4)E-BeCの「乳房再建全国キャラバン」で開催されている「体感会」とは?

 キャラバンでは、実際に乳房再建を経験された方がこれから手術を受ける方に別室でお胸を見せてあげて、ご自身の体験をお話する会もやっていて、それが「体感会」です。写真集を作ったときには、「写真で見れば分かるんじゃないかな」と思っていたのですが、写真だけでは再建した胸のことはわからないんですよね(苦笑)。みなさん、実際にお胸を見て、できれば触ってもみたいし、それを経験した方とお話ししたいんですよね、医療従事者ではなくて。生身の情報、たとえば赤ちゃんはどれくらいから抱けるようになったのかとか、洗濯物を干す時に手は上がりますか、ということも聞きたい。

 乳がんと宣告されると、私もそうでしたが、打ちのめされてしまう人が多い。だからこそ、同じように宣告されたり、手術を乗り越えた人たちが乳房再建をされて「私もこうやってきましたが、今はこんなに普通に生活してますよー」、「こんなことも出来るんですよ」という話を実際に聞けると勇気が出るし、元気になれるんです。ですから、体感会はとても貴重だと評判が良い活動です。

セミナーでお話される真水さん

5)この活動を続ける中で、気をつけていることは何ですか?

 首都圏とは異なり、地方ではなかなか乳房再建の情報が取れず、「同時再建の情報を知っていたら、受けたかったのに」という声が多いんです。でも地元では、「そういうセミナーに参加したことを知られたくない」という方も多く、「乳房再建全国キャラバン」にわざわざ近県から参加される人もいらっしゃいます。オンラインセミナーでお顔を出したくないと言われる方もいらっしゃるので、どの方にも様々な背景があることを忘れないようにしています。また、経験者だからこそ知っていること、たとえば手術前の口腔ケアや傷のケア、下着の情報など、事前に知っておいたら助かる情報をできるだけお伝えするようにしています。

6)この活動を続けてきた中で、最も大変なことは何ですか?

 「活動を継続していくこと」だと思います。セミナーを開催したり、サイトに掲載する記事の取材や執筆をしたり、冊子を製作するプロジェクトだけでなく、この団体を運営していくための様々な事務仕事が山のようにあるので、それをすべてやりながら活動を継続していくこと、ですね(苦笑)。

7)「この活動を続けてきて良かった」と実感する瞬間は、どんなときですか?

 乳房再建セミナーに来てくれた人が、すごく素敵な笑顔で帰っていくのを見たとき。

8)この活動をここまで続けることができた原動力は何ですか?

 やりたいことを、やっているからだと思います。自分では、この活動がそんなに特別なものだとは思っていないですし、大変だと思ったことはなくて。まあ、理解されないとかはありますけど(笑)。やりがいもあるし、楽しい。それが今まで続いている理由だと思います。

 E-BeCを立ち上げる前、ある先生に私は「社会のために、こういう活動をやった方がいいのではないかと考えている」と相談したんですよ。すると先生は、「社会のために、なんて考えるのはやめなさい。自分のためにおやりなさい」と言われたんです。当時はピンと来なかったのですが、今はよくわかります。「自分のために」じゃなければ、続かないですから(笑)。人のためだったら絶対、続かない(笑)。それに、自分がいいと思ってやっていることって、みんなも良いと思うことが多いじゃないですか? 自分が必要としていたことをやっているから、それを必要としている人がいる。辛くて苦しみながらやっていたら、それを見た相手も苦しくなるんじゃないかしら。

9)今後、挑戦したいことは何ですか?

 コロナ禍に活動をオンラインに変えたので、今後は専門家の先生方にも登壇して頂いて、オンライン・セミナーを充実させていきたいです。テーマを絞ってセミナーが開催できるのも、オンラインの良さだと思います。落ち着いたら、小さな都市だけに集中したスモール・キャラバンも行いたいですね。それから、もう一度、写真集を作りたいです。あの写真集を作った時と現在とでは、再建の環境が変わってきていますから。

10)座右の銘は?

 毎日を楽しく生きる。

真水美佳さんのプロフィール

真水美佳(ますい みか)
NPO法人エンパワリング・ブレストキャンサー /E-BeC理事長。国家資格キャリアコンサルタント。米国CCE, Inc.認定GCDF-Japanキャリアカウンセラー。NPO法人キャンサーネットジャパン認定 乳がん体験者コーディネーター。2008年、両側乳がんの宣告を受け、左側温存、右側全摘出と同時に乳房再建手術を受ける。2010年、自身の乳がん体験をもとに写真集『いのちの乳房-乳がんによる「乳房再建手術」にのぞんだ19人』 (撮影:荒木経惟、発行:赤々舎)を企画・出版、モデルの1人でもある。2013年、NPO法人エンパワリングブレストキャンサー/E-BeC設立。ウェブサイトからの情報の発信、『乳房再建手術Hand Book』の作成、乳房再建に関するアンケート調査や特に情報の少ない地方都市を中心に「乳房再建全国キャラバン」を開催している。

NPO法人エンパワリング ブレストキャンサー/E-BeC
http://www.e-bec.com

おすすめの記事