私が選ぶ、1本の映画#01

今でも心に残る、映画館を出た後の余韻…… 

 映画を観る理由は人それぞれ。あなたは、どんなときに映画を観ますか? 

 なんだか気分転換をしたい時、笑いたい時、泣きたい時。知らない国の映像を観て、その国に行ったような気分を味わえたり、歴史の世界にタイムスリップしたり。1本の映画が気づきを与えてくれたり、背中を押してくれることもあります。でも、良い作品がたくさんあって、何を観たらいいのか悩みませんか? そこでこのコーナーでは、様々な人生を歩む素敵な女性たちに「心に残った映画」を1本選んで頂き、紹介していきます。

 第1回目を飾るのは、映像ディレクターの田上志保さん。20代のとき、知識も経験もなく映像業界に飛び込んだ田上さんは、現場で何をしていいのかわからず、先輩たちに怒られながらも日々仕事を学んだそうです。その後、演出も手がけるようになり、映画からテレビ業界へ活動の場を移したのが30代。ご自身でカメラを回しながら密着するドキュメンタリーなども手掛ける田上さんが、おすすめする1本はこちらです。

ナディーン・ラバキー監督『キャラメル』

「好きな映画は何ですか?」と聞かれて、1本だけを選ぶのはとても難しい。

 でも、誰と一緒にどこで観たか、はっきりと憶えている映画があります。それが、2009年に上映されたレバノン映画の『キャラメル』。実家がある街のミニシアターで、封切りから少し遅れたリバイバル上映でした。東京から故郷に帰る時は、必ず女子高時代の親友と会って映画を観るのが、当時のお決まりのコース。いつもは大きなシネコンに行って流行りの映画を観ていたのだけど、この時は私がこの映画をすごく観たくて付き合ってもらいました。

 監督・脚本、そして主演も務めたのは、ナディーン・ラバキー。私も映像ディレクターの端くれなので、やはり女性の監督というのは気になります。今でこそ女性の監督はたくさんいますが、男性社会の映画業界を生き抜いて、女性が監督を務めることがどれほど大変なことかを知っています。ましてや、レバノン?! その国の知識もないし、行ったこともないけれど、数々の賞を受賞したみたいだし、とても気になった映画でした。 

 物語は、ベイルートの小さなエステサロンが舞台。タイトルの『キャラメル』は、砂糖とレモン汁などを煮詰めて水飴状にしたもので、ここではムダ毛処理のために足に貼ってビリッとはがします。このシーンが、映画の中でも度々出てきて、巧妙に感情を揺さぶるんですよねぇ……。

 エステサロンに集まる5人の女性たちは、それぞれが人に言えない悩みを抱えています。主役はオーナーのラヤール。30歳独身で不倫の恋に悩んでいる。「この人が監督なの!?」って驚いてしまうくらい妖艶です。2人目は店員で28歳のニスリン。厳格なイスラム教徒の婚約者に隠している嘘がある。3人目、ボーイッシュな店員のリマ、24歳。男性が嫌いで、長い黒髪の女性客に惹かれている。4人目は、女優の夢をあきらめられない常連のジャマル。夫が愛人を作って別居中。たぶんアラフィフで、若さに固執していて閉経した事実が受け入れられない。5人目は仕立て屋のローズ、65歳。コミュニケーションを取るのが難しい姉を抱えてずっと独身だったけど、客で訪れた老紳士と最後の恋の予感。でも、環境を変えるのが難しいことを知って……。 

 恋愛が自由にできないアラブの国でも、女性たちは恋に悩み、いじらしいほど健気で、私たちと何ら変わりません。傷ついた心を癒してくれるのは、やはり女友達! これだけ聞くと、レバノン版『セックス・アンド・ザ・シティ』か?と思うかも知れませんが(笑)、この映画は仲の良い女友達が慰め合うだけじゃなく(失礼!)、20代~60代の女性たち、それぞれの世代が抱える悩みが垣間見えて、ちょっと切なくなるんです。女性たちがサロンで美しさを磨くのは、男たちの気をひくため。でも、ラストには、しがらみから一歩踏み出した女性の姿も……。 

 12年前、映画を観終わったあと、親友とはお互いぎこちない微笑みを浮かべ、言葉少なで、じんわりと余韻に浸っていたのを憶えています。私はすぐにDVDを買って、部屋に『キャラメル』のジャケットをずっと飾っていたのだけれど、なんとなく観ることができないまま、12年も経ってしまいました。それはたぶん、未来の自分の姿と重ねて、漠然とした不安を感じていたからかも知れません。

 ようやく今、映画を見返してみると、あの頃よりもっと深く、女性たちの気持ちがわかります。ナディーン監督も現在47歳。年齢を重ねた5人の女性たちは、あのサロンでどんな話をするだろうか?とふと考えます。「男ってホント、しょーもないわね」なんて、今も集まってペチャクチャ喋っているとしたら、ちょっと羨ましいぞ(笑)。女性が元気でいられるには、何気ないことを吐き出せるそんな場所が必要なんですよね。

 女性の監督だからこそ、とてもリアルで、遠くから見つめる視線は切なくて、どんな世代の女性にも響く映画だと思います。私のオススメの1本です!

右側のモニターに映っているのが、紹介者の田上志保さん。

紹介者:田上志保さんのプロフィール

フリーランスの映像ディレクター。広告代理店の営業を経て、映像制作会社のアシスタント・プロデューサーに。ロケ現場に通ううちに演出の方が面白くなり、監督を志す。企業VPや展示映像、プラネタリウムの70ミリフィルム大型映像の演出を数多く手がける。その後、テレビ業界に活動の場を移し、自然もの、紀行もの、医療、スポーツ、美術など、様々なジャンルの演出を経験。フジテレビ『ザ・ノンフィクション』、NHK『やまと尼寺 精進日記』など、「家族」や「食」をテーマにしたドキュメンタリーを中心に活動。5月下旬にはNHK『美の壺』の放送を予定。他人の人生に没頭するあまり、自分の人生を棚上げしてきたことを少し後悔しつつ、人生の後半に何ができるかを現在模索中。

『キャラメル』 監督:ナディーン・ラバキー

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