続かなかった父とのキャッチボール
日本全国にはどれくらいの数の駅弁があるのだろう? ふと気になってネットで調べてみると、2000~4000種類以上という数字が目に飛び込んできた。海外でも日本の「BENTO」は大人気だそうで、外国人の旅行者が駅弁を選んでいるところに遭遇することも増えた。これからますます新しい駅弁が増えるのだろう。
私は自分にとって初めての駅弁を食べるのが楽しみなので、できるだけ毎回違う駅弁を探しているのだけれど、ひとつだけ、その場所に行くと必ず食べるお弁当がある。それは横浜の「シウマイ弁当」。食べる場所は電車の中ではなくて、「横浜スタジアム」だ。
父が横浜ベイスターズの前身「大洋ホエールズ」が好きだったので、私も贔屓にしていたのだが、私の子ども時代といえば、圧倒的人気は「巨人」。ほとんどの男子が巨人軍の帽子を被っていたと思う。広島から来た転校性が赤いカープの帽子を被っていたら、すごく目立ったのを憶えている。
あの頃、もしも私が男子だったら、迷わず野球部に入っていただろう。ある日、父が野球のグローブを買ってきたことがあった。オレンジ色の皮がまだ堅いグローブで、父としばらくキャッチボールをしたけれど、私は野球部には入れないし、上達しようという気にもなれなかったので、いつの間にかやらなくなってしまった。私が野球男子だったら、父ともっとキャッチボールを楽しめたのになぁと少し残念に思う。
横浜にぴったりのお弁当
私は18歳で上京して、初めて一人暮らしをしたのが神奈川の湘南だった。
神奈川に住む友人たちは、やはり横浜ベイスターズのファンが多かったように思う。初めて連れて行ってもらった横浜スタジアムで出会ったのが、崎陽軒の「シウマイ弁当」だった。「シューマイ」じゃなくて、「シウマイ」なところに歴史を感じた。
横浜のビル群が間近に見える青空の下、野球観戦前の熱気を帯びた体をまずは生ビールで一気に潤す。そして、シウマイ弁当の蓋を開ける。5個入った焼売と、鶏唐揚げに玉子焼き、鮪のつけ焼き、蒲鉾、そして甘く煮た賽の目の筍。甘酸っぱい杏も入っている。一見、地味に見える幕の内弁当だが、これが俵型のご飯に合うし、ビールのつまみにもちょうどいい。あぁ、野球を観ながら食べるシウマイ弁当のなんと美味しいことか! こんな楽しみを教えてくれたのは誰だったっけ? ちなみに、シウマイ弁当は今年70周年を迎えるらしい。駅でシウマイ弁当を見かけると、球場で応援しながら食べたあの時の味を思い出す。
しょう油入れの「ひょうちゃん」
もうひとつ、気になるものがある。崎陽軒のシウマイに付いているしょう油入れの「ひょうちゃん」だ。友だちの家に遊びに行くと、ときどき台所の茶だんすの前にちょこんと置かれたひょうちゃんを見かけることもあった。ひょうたん型の白い磁器のしょう油入れに描かれた顔がなんとも愛らしくて、捨てられずにとっておいてあるのだろう。
昨年、友人に連れて行ってもらった飲食店で、偶然この「ひょうちゃん」に再会した。それは「2代目ひょうちゃん」で、あの「オサムグッズ」で有名なイラストレーターの原田治さんが描いたものらしい。そのお店でひょうちゃんは箸置きになっていた。
初代と現在3代目ひょうちゃんを描いたのは、4コマ漫画『フクちゃん』でお馴染みの横山隆一さん。ひょうちゃんの名付け親だそうだ。
次々に新しく販売される駅弁も楽しみだが、こうやって変わらずに売られている「シウマイ弁当」に出会うと、なんだかホッとする。懐かしい思い出は、ずっと消えないで残っていてほしい。
今月の駅弁:佐渡「朱鷺めき弁当」
今年7月に佐渡島の金銀山が世界文化遺産に登録されたので、今回は佐渡にちなんで新発田三新軒の「朱鷺めき弁当」(1250円)をご紹介。朱鷺(トキ)は佐渡に生息する新潟県の鳥だ。
この駅弁は、2003年に上越新幹線の愛称が「とき」になったことを記念して発売されたらしい。小学校の国語の教科書に「朱鷺」は「ニッポニア・ニッポン」という学名が付いている鳥だということが載っていて、初めて朱鷺の存在を知ったのだが、子どもながらに「ニッポニア・ニッポン」というたいそうな名前が付いていることにとても惹かれた。朱鷺はオレンジ色の美しい鳥で、当時は絶滅の危機に瀕していた。私は未だに見たことはないけれど、佐渡の大空に舞う美しい朱鷺の姿を想像したりする。
この駅弁に出会った時、そんなことを思い出した。お米は佐渡産こしひかり。冷めても美味しいお米という拘り。実家でも食べていたが、佐渡のお米は朱鷺の生態系のために農薬を使わないと聞いたことがある(全部ではないと思うが)。おかずも銀鮭や海老しんじょうなど盛りだくさん。一口笹団子も付いている。何より気に入ったのは朱鷺をかたどった箸袋。朱鷺への愛情を感じるではないか。味も値段ももう一度食べたくなる駅弁だ。