第1話 旅のはじまりは駅弁から

お弁当とごはんとおかず

 TVディレクターという仕事柄、旅に出ることが多い。私の場合、それはたいてい撮影前のロケハンという「ひとり旅」。その時には必ず「駅弁」を買う。東京駅には日本各地の有名な駅弁が売られていて、季節限定で初めて見る駅弁も出るから、「今日はどんな駅弁があるかなぁ」とワクワクしながら店内を一周する。ひと通り店内の駅弁を吟味したら、なるべく郷土色が豊かな駅弁を選ぶことにしている。私にとって駅弁は、旅を盛り上げてくれる必須アイテムだ。そんな駅弁を選ぶことから私の旅は始まる。

 私の人生で最初のお弁当の記憶は、保育園。私の保育園には給食があったけれど、ご飯だけは持参することになっていた。ところがうちの母は、張り切っておかずを持たせてくれた。玉子焼きとウインナーと大好きなサラミの輪切りが入っていた。なぜ今でもおかずのラインナップを正確に憶えているかというと、そのおかずが入ったお弁当箱をみんなの前で先生に取り上げられたからだ。

 「ごはんだけ持ってくればいいのよ」と、先生は薄っすら笑っていたような気がする。私は子どもながら、みんなと違うことをしちゃったことが恥ずかしかった。「これは先生が預かっておくね」と言って、先生は私のお弁当箱を背の高い棚の上に置いた。私は給食の間、ずっとそのお弁当箱が気になって仕方なかった。チラチラ見ては、まだ置いてあるかを確認していたと思う。でも、そこから先の記憶がない。母さん、あのお弁当箱はどこにいったんでしょうね? きっと帰宅の時に母に返されたと思うけど、母はどんな気持ちで受け取ったのだろうか……。 

「ごはんだけ持ってくればいいのよ」と言いながら先生は薄っすら笑った……

遠い記憶の中のお弁当箱

 実は一度、その時のことを母に尋ねたことがある。返ってきた答えは「忘れた」だった。その頃の母は認知症が進んでいて、何を聞いても即座に「忘れた」と言うことが多くなっていた。そんな母も亡くなってしまったけれど、私のお弁当好きのルーツはきっと、高校卒業まで毎日母が作ってくれたお弁当だ。

 私の記憶の中には今でも、保育園の手の届かない棚の端っこに置かれたアルミのお弁当箱の映像が浮かぶ。それは、私の記憶に残る人生で初めての失敗だったから。

 お弁当好きが高じて、今までたくさんの駅弁を食べてきた。そして、それを写真に撮ってFacebookにあげるのが習慣になっていた。食い意地がはっているからなのか、その写真を見ると、お弁当を選んだ時の記憶と一緒に、旅の思い出がよみがえってくる。私にとって「駅弁」とはそんなものなのだ。

今月の駅弁紹介:春の花見弁当

駅弁「春うらら」
2015年春 万葉軒「春うらら」

 春の駅弁は、花見を意識したものが多い。春は桜の開花を待ちわびて日本中が浮かれているけれど、駅弁もそんな感じがする。名前も「春うらら」だもんね。そんな素敵なネーミングは即買いだ!そして、駅弁の楽しみはフタを開ける瞬間。写真とは違ってガッカリするものもあるけれど、色とりどりのおかずが目に飛び込んでくると、春うらら~♪ 駅弁は旬の食材を楽しめるのがいいところ。味はもちろんだけど、そそられるジャケットやネーミングも大切だよね。

2019年春 淡路屋「春旬たけのこ御飯」
2015年春 桜の味の「花見弁当」

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