どうして、ぼくのお迎えはいつも遅いの?

子どもを通して広がる地域との交流

 太郎くんとの生活がようやく軌道に乗り、平穏な日々が過ぎていきました。太郎くんを保育園へ送るのは夫、お迎えは私。毎日の送り迎えをする親御さんの中で、アメリカ人の夫は言うまでもなく目立ちましたが、誰もが夫にフレンドリーに接してくださり、ありがたかったです。

 太郎くんと同じクラスの女の子が我が家と同じ集合住宅に住んでいたことがきっかけで、ご近所でもお友達やお知り合いが徐々に増えていきました。この頃には、私よりも夫の方がたくさんの「ママ友」がおりました(笑)。

 もしも私が独身だったり、我が家に子どもがいなかったら、同じ集合住宅に住んでいる人たちとこれと言ったつながりも共通点もありませんから、すれ違う際に挨拶をする程度で終わっていたかもしれません。我が家に子どもがいることで、地域での交友関係や生活範囲が広がりました。私は太郎くんを迎えるまで「子ども」にはそんな力もあることを想像もしていなかったので、このことでも「子どもがいる生活」と「そうでない生活」の違いに気づかされました。

お迎えを待っているときの太郎くん

 当時の私はフルタイムで仕事をしていたので、毎日定時に退勤し、夕方のラッシュアワーの中、車を運転して保育園にお迎えに行くのが日課でした。あまり土地勘のない場所で1分、1秒でも早く太郎くんへ辿り着けるよう、ときには道順を変えたりしながら自分なりに工夫したものです。

 私はどんなに疲れていても、太郎くんのお迎えを面倒だと思ったり、少しくらい遅れても延長保育があるから大丈夫だと思ったことは一度もありませんでした。私が毎日、自分の車のアクセルを力強く踏み、1秒でも急いで迎えに行った原動力はただひとつ、「私がお迎えにくることを、太郎くんはとても待ち遠しく思っているはずだから」でした。

 その保育園では、お迎えの時間が遅めの園児たちがひとつの部屋に集められるため、私が職場から保育園に到着する時間帯には、残っている園児は多くても10人ほどでした。そして太郎くんは、毎日必ず、私が迎えに来る様子が見える窓際にひとりでぽつんと立って、私を待っていました。そんな太郎くんの不安そうな様子を毎日見るたびに、私は心がキュッと締め付けられるように感じて、「明日は今日よりも1秒でも早く迎えにきてあげよう」と思ったものです。

太郎くんが不安がる理由

 太郎くんには「生物学的に繋がりのあるお父さん、お母さん」はいますが、我が家に来るまでは、本人が「お父さん、お母さん」と認識して、心の底からそう呼べる大人がいませんでした。私たちと暮らし始めても、その不安は簡単にはなくならなかったはずです。

 ですから、私が毎日欠かさず保育園へお迎えに行っても、太郎くんの心の中では「迎えに来ると言っていたけれど、やっぱり来ないかもしれない」、「昨日は来たけれど、今日は来ないかもしれない」、「今日、帰るおうちがないかもしれない」という不安が毎日あったのではないかと思います。おまけに、この頃は季節的に、私が保育園に到着する頃には完全に陽が落ちた後で真っ暗でした。

 乳児院や児童養護施設で働く大人たち、つまり職員さんたちは、そこで生活をしているわけではありません。施設で生活する子どもたちは、24時間体制で「同じ大人」がそばにいてくれる環境では育っていません。だから太郎くんも「今日も同じ大人が、いつもと同じくらいの時間帯にぼくのことをお迎えに来てくれるのかな?」という思いになっていたのではないでしょうか。

 また、乳児院や児童養護施設では多くの慰問があります。慰問者が帰り際に「また来るね」と言えば、子どもたちはいつまでもその言葉を信じて、また来てくれることを心待ちにします。日々の生活の中で「自分のためだけに訪ねて来てくれる人」が極端に少ないか、全くいない子どもたちは、訪問者を待ち続け、その人が来なければ、子どもたちは「また来るって言ったのに、大人って嘘つきだ」「大人のことは信頼できない」となってしまうのです。

子どもが納得いくまで説明する

 その背景がわかっていたので、私は毎日アクセルを踏み込んで急いで太郎くんを迎えに行っていました。でも、とうとう太郎くんにこう言われてしまったのです。

 「どうして、ぼくのお迎えはいつも遅いの? 同じクラスの〇〇ちゃんや〇〇くんは、おじいちゃんかおばあちゃんがお迎えに来て、暗くなる前におうちに帰っているよ。」

 そう言われて私は、「そうだよね、早くおうちに帰りたいよね。その気持ち、すごく分かるよ。でもね、今まで私が1回もお迎えに行かなかったことはないよね? 保育園にお泊りしたことも1回もないよね?」と出来るだけ優しく、でも本気が伝わるように言いました。

 それを聞いた太郎くんは何も言いませんでした。私はバックミラーで太郎くんの様子を伺いましたが、特に変わった様子もなく見えました。

 そして、それから後には、太郎くんはお迎えが遅いことを一度も口にしなくなりました。正直、これには少し驚きました。「子どもって言えば分かるのか……。私が言ったことで、お迎えが来ないことは絶対にないと確信してもらえたのだろうか?」と。

 太郎くんを迎えるにあたり、自分で決めたポリシーのひとつが、「太郎くんから質問されたら、嘘や隠すことなく、彼が納得いくまで説明する」ということでした(第4話参照)。このときの太郎くんからの質問にも私はそうしました。そして、太郎くんと出会ってから10年経った今でも、これを守っています。

 私たちの話はまだまだ続きます。次回もお楽しみに~!

<前回までのお話>

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