えっ、特別養子縁組ができないってこと!?

まず、どうすればいいの?

 結婚2年目の2011年7月、この数か月前にアメリカの大学院を卒業した夫が日本に移住し、私たちの結婚生活が始まりました。

私「特別養子縁組をすることだけど、まだ考えている?」
夫「もちろんだよ。チャンスがあればぜひ!」
私「そうだね」  

 と、こんな会話をしたはいいけれど、日本在住の私たちが特別養子縁組をするならば当然、日本で行うわけです。でも「一体全体、どのようにすれば特別養子縁組ができるのだろう?」と何も知識のないレベルの私たち。そして、夫は日本語が流ちょうじゃないから、私が調べるとするか……と、インターネットでいろいろと調べる日々が始まりました。

 すると、これまでに聞いたことがなかったり、聞いたこととがあっても気に留めたことがない単語がずらり。児童相談所、特別養子縁組あっせん団体、里親、児童養護施設、乳児院……。夫に説明するためには、まず説明者である私が理解しなければと思い、私は自分が納得するまで何日もコンピューターの画面とにらめっこしながら、日本の特別養子縁組制度について調べました。しかも、読んでいる文章は日本語、説明は英語です。頑張れ、自分(笑)!

 ついに自分の頭の中で情報を理解し、整理し、説明する自信がついて、夫に説明。夫が私の説明を理解した後、私たちの最初の一歩となったのは、「私たちの住まいを管轄する児童相談所へ行き、特別養子縁組をしたい旨を伝えること」でした。

特別養子縁組のおおまかな流れ

 ここで、私たちが経験した特別養子縁組のおおまかな流れを説明します。

1)居住地を管轄する児童相談所に特別養子縁組里親の申し込み
2)特別養子縁組里親の研修を受ける
3)特別養子縁組里親として登録される
4)子供を紹介される
5)子供との交流が始まる
6)子供との生活が始まる
7)家庭裁判所に特別養子縁組の申し立てをする
8)家庭裁判所から審判が下りる
9)居住地の役所にて戸籍上の子供となるための届け出をする
10)居住地の役所にて手続した書類が本籍地の役所へと送付され、戸籍に戸籍上の子供と記載される(居住地と本籍地が異なる場合)
11)上記9と10の書類が本籍地の役所から最寄りの法務局へ送付されると全ての手続きが完了(1〜9は私たちが行い、10と11は関係機関が行う)  

と、このような流れとなります。

いざ、児童相談所へ出向く!

 児童相談所は公的機関ですから、開所は平日のみ。この年の8月、私と夫は仕事の都合をつけて、児童相談所へ出向きました。児童相談所へはそれまでに一度も行ったことがなかったため、「どのような施設なんだろう?」と想像もつかない……。

 受付にて、「特別養子縁組についてお話をさせていただきたいのですが……」と要件を伝えると、対応してくださった方が担当者へとつないでくれました。その間、そこにあった椅子に座り担当者が来るまで待つように指示された私と夫。私は座りながらなかなか落ち着かず、まわりをキョロキョロ見回すと、赤ちゃん用のベッド、たくさんの絵本、多くの児童福祉に関するパンフレットやポスター、障害児の発達支援を行う部屋、施設内を移動している子供たちに大人たち。「へぇ~、児童相談所ってこういうところなんだぁ」と感心していると、担当者に呼ばれ、部屋へ通されました。

 まず、担当者が特別養子縁組について、制度や実際の件数をはじめとする詳細をパンフレットを使って説明。時折、夫のために私が英語で説明をさせてもらいながら、担当者の説明が終わり、今度は私が「私と夫が特別養子縁組をしたい理由」を説明させていただきました。

えっ、特別養子縁組はできないの!?

 私としては、私たちは子供を受け入れる覚悟はできていて、生半可な気持ちでこの場所へやってきたわけではないとの自信もあり、熱意を持って私たちが特別養子縁組をしたいという気持ちを伝えたつもりでした。だから、そんな私たちの話を聞いた担当者に言われたことに、驚いてしまったのです。

 「そうですか、分かりました。では、ご覧になったパンフレットを家にお持ち帰りいただいて、今一度、ご夫婦で話し合ってください。そして後日、ご連絡をいただけますか?」

  それ以上、私たちの思いを言えるような雰囲気ではありませんでした。

 「えっ、特別養子縁組はできないってこと!?

 私はてっきり、今日いきなり子供を紹介されることはないとしても、少しは手続きへの段取りが先に進むだろうと期待していました。それなのに、「もう一度、話し合って」と言われたことは、まるで振り出しに戻されたような感じがしました。だから帰り道、「私の言い方が悪くて、熱意が伝わらなかったのかな?」とか、「特別養子縁組をするって決めたのに……」などと、様々な思いが頭をよぎり、今後の展開に期待が持てそうにない心情になっていきました。

 さて、この後、私たちはこのマイナスな状況をどのようにして覆していったのでしょうか。それについては次回をお楽しみに~!

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