
父からかかってくる電話
今月は母の七回忌だ。2019年5月、NHK『やまと尼寺 精進日記』の撮影中、奈良の山の上で母が倒れたと連絡を受けた(第11話参照)。あれからもうそんなに経つのかと驚くけれど、父は毎朝お経をあげるのが日課になり、母がいない生活が家族の日常になった。「日にち薬」というけれど、悲しいことは本当に時が癒してくれるんだなぁとしみじみ思う。
母が亡くなって、父からよく電話がかかってくるようになった。母がいた頃、私が真っ先に電話をかけたのは母で、父と電話で長く話すことはなかったと思う。今年4月から通信制の大学生になった83歳の父は(第20話参照)、「記憶力が落ちていて講義だけではなかなか覚えられないから予習復習は欠かせない」とか、「科目をたくさん取り過ぎて大変だ」とか、「もうすぐテストがある」とか、少し弱音を吐きながら電話で近況報告をしてくれる。忙しく仕事をしながら勉学に励む父に「なんだか苦学生みたいだね」と言ったら、電話越しに笑っていた。
母のハンバーグが好きな、よその家の息子さん
先日、父の親友シゲさんの息子さんが新潟市の実家を訪ねて来たと教えてくれた。
シゲさんとうちの両親は東京で暮らしていた20代の頃に出会った。シゲさんの妻のデコちゃんは母の親友だったから、私も幼少の頃から度々会っていた。デコちゃんはずいぶん前に病気で亡くなったと聞いていたが、昨年シゲさんも亡くなったと父に喪中はがきが届いた。ちょうどその時、私は実家にいて、「シゲが亡くなったってよ」と寂しそうにつぶやく父を見ていたから、息子さんが訪ねて来てくれて嬉しかった様子が電話の声から伝わってきた。シゲさんが写ったアルバムを持参してくれたそうで、それを見た父は「全然変わっていなかったなぁ。シゲに会えた気がしたよ」と言っていた。そんなふうに父の本音を聞くようになったのは、やはり母が亡くなってからだ。
息子さんと私はたぶん会ったことはないと思うが、いつも思い出すことがある。それは30年くらい前、彼が仕事で関東から新潟市に赴任していた時、母から聞かされた話だ。
当時、彼は母の手料理をよく食べに来たそうで、母がいつも「何食べたい?って聞くと、必ず『ハンバーグ!』って言うのよ」とケタケタ笑いながら何度も話してくれた。私も妹も実家を離れて暮らしていたので、母は息子ができたみたいで嬉しかったんだろうなぁと少しほっとしながら母の声を電話で聞いていた。

弁当屋「キャロット」のハンバーグが!
母のハンバーグは特別変わったものではないと思うけれど、ハンバーグを焼いて残った肉汁とウスターソースとケチャップなどを混ぜたソースがかかっていて、家庭のハンバーグの味だった。それが私たち家族は大好きだった。家族以外に母のハンバーグを食べたのは彼だけだったから、母の笑顔と一緒に思い出すのだ。
母が亡くなって、もうそのハンバーグも食べられなくなってしまったなぁ……と思っていたら、偶然にもその味に出会うことができた。NHK近くのスタジオで編集している時に度々利用していた弁当屋の「キャロット」で。そこのハンバーグは母の味にそっくりだった。いつも人気ですぐにお弁当が売り切れてしまうので、早い時間に行かないとそのハンバーグにはありつけなかったが、「ここに来れば母の味に会えるのだ」と知って嬉しかった。
でも、コロナ禍を過ぎた頃、店の前を通ったら「閉店」の紙が貼ってあった。いつでも食べられると思っていた母の味が、また突然消えてしまった。あの店のおじさんとおばさんは今、どうしているんだろうか? 時代と共に好きな店はなくなるし、街はどんどん変わってしまう。自分だけが取り残されているような気がして、ちょっと感傷的になってくる。
母が亡くなった時、父に言われた言葉がある。「亡くなった人を思い出すことも親孝行だよ」と。母に後悔を残してメソメソしていた私に父が言ってくれたのだ。そうだよなぁ、そう思っていないと救われないよなぁ。残された者は、前を向いて自分の人生を歩んでいくしかないのだと自分に言い聞かせているけれど、5月は花が大好きだった母のことをたくさん思い出して過ごそうと思う。
今月の駅弁:刷毛じょうゆ海苔弁 山登り「海」と「畑」と「鱈」
先日、東京駅に向かう電車の中で、「今日はどんな駅弁を買おうかなぁ」と考えていてふと頭に浮かんだのが「刷毛じょうゆ 海苔弁 山登り」。「海苔弁」といえば、ちくわの磯部揚げが入っていてお弁当の中でも庶民的でスタンダードだと思うが、ここの海苔弁は高級感があってスタイリッシュ! 海苔弁の概念をくつがえされる(笑)。
初めて出会ったのは羽田空港の空弁で、海の幸をメインにした「海」という海苔弁だった。掛け紙も花柄で可愛くて目を引かれた。弁当箱いっぱいの大きな鮭と、それと同じくらい長いちくわの磯部揚げ。焦げ目のついた玉子焼きも嬉しい。大満足の海苔弁だった。

再び出会ったのは東京駅の新幹線乗り場脇のHANAGATAYA。そこには海苔弁「海」のほかに、鶏の照り焼きがメインの「山」と、畑の幸を楽しむ「畑」の3種類の海苔弁が並んでいた。私が選んだのは黒い掛け紙の「畑」。メインはすりおろした蓮根にとろろを加えて揚げた「れんこん大葉もち」。他にも舞茸の天ぷら、マッシュポテト、安納芋の大学芋などが入っていて食べ応え十分。

そして今回、「畑」の海苔弁を買ってコンプリートしようと思っていたら、その隣に一際目を引く真っ赤な掛け紙の駅弁があるではないか!? 海苔弁「鱈」。脂ののった鱈の西京焼きがメイン。れんこん大葉もちや玉子焼きも入っている。定番のほうれん草ナムルも嬉しい。他の海苔弁よりお高いけど、美味しかった!
新幹線の車内でこの写真を撮っていたとき、お隣の男性から「美味しそうですね!」と声をかけられた。そんなことは初めてだったけど、やっぱり駅弁は「見た目の美味しさ」も大切よね。
