
九州出身で英国在住歴23年、42歳で二児の母、金髪80キロという規格外の日本人マルチメディアアーティスト大渕園子が、どうすれば自分らしい40代を生きられるかを探してもがく痛快コラム。40代はあと8年。果たしてそれは見つかるのか?!
胸の奥が締めつけられた日
1カ月半ほど前、英国ロンドン中心部で約15万人規模の反移民デモが行われた。一部の参加者が警官隊と衝突し、暴力的な騒ぎにも発展したという。この日を境にイギリス各地でユニオンジャック(英国旗)やイングランド旗を掲げる動きが広がった。かつては祝祭やスポーツのイベントで見られた国旗だが、いまは「反移民の意思表示」として使われることが増えている。移民のひとりである私にとって、このデモのニュースは他人事ではなかった。
デモから3日後のことだった。車で通りかかった地元の村の交差点に、6枚の大きなユニオンジャックが掲げられていた。それを見た瞬間、胸の奥がギュッと締めつけられた。まさか自分の暮らす地方の村でもこんなことが起こるとは思ってもみなかったので、ショックは大きかった。数日のうちに今度は村の商店街にもイングランド旗が現れた。旗が風に揺れるたび、不安が高まった。村の住民用のFacebookグループには、「国旗を掲げてやったぞ!」という投稿に200件を超えるコメントが寄せられていた。しかも、そのほとんどが賛同の声。「もっとやれ」「誇りだ」といった言葉が並び、私は居たたまれなくなってアプリを閉じた。
私はここにいていいのだろうか?
私が住む地域の人々の多くは、実際には移民と接する機会がほとんどない。せいぜいテイクアウトの食べ物を売る店の店主や従業員くらいだろう。世界各国からの移民が多く住むロンドンに長く暮らしていた私には、都会とこの村の違いがはっきりと分かる。この村では多文化共生がまだ「遠い場所の出来事」なのだ。だからこそ、SNSで流れてくる偏った情報が、そのまま人々の恐怖や怒りとして拡散されてしまう。
旗を見てから、私は地元のスーパーに買い物に行くのも少し怖くなってしまった。誰がそうした思想を持っているのかわからない分、周囲のすべてが自分を拒絶しているように感じられた……。
優しさがポスターになった朝
それでも、この村がすべて排外的なわけではなかった。地元の地方議員が、すぐにFacebookで声明を発表したのだ。「この村に住むすべての人が、安全で尊重されるべきだ」と。その議員は海外出身者が経営する店を一軒一軒訪ねて話を聞き、住民を安心させて回ったという。彼女は我が家にも来てくれた。私は不在だったが、夫と息子が対応し、旗のことを話しながら彼女の行動に感謝を伝えたそうだ。息子は自分が日英の血を引いたミックスであることや学校で受けた差別、母が日本人移民として地域の活動に関わっていることも話したそうだ。
私は隣人も友人もみんな親切でいつも温かく迎えてくれるこの村が大好きだ。だからこそ今回の出来事は痛烈にショックだった。でも、そんな私の心の声が聞こえたかのように、移民のために声を上げる地元の人もいた。
デモから3週間後、村の中で「We Welcome Everyone(私たちは誰でも歓迎します)」というメッセージを掲げる人々が立ち上がり、自作のポスターを各家庭のドアに配って回ったのである。ある日、散歩の途中でふと建物を見上げると、いくつもの窓にそのポスターが貼られていた。その光景を見た瞬間、私は胸が熱くなった。
「ああ、この村にもちゃんと私たちのことを想ってくれる人たちがいる」
あの日に感じた痛みが、少しずつ溶けていくようだった。人々を分断させるような恐怖の象徴となった旗の下で、静かに希望のメッセージを掲げる人たちがいる——私はこの光景を忘れないだろう。国の未来を決めるのは恐れではなく、こうした小さな優しさの積み重ねなのだ、と思う。








