
【カリフォルニアの隠れ家バー便り】
世界中から移住者や旅行者が訪れる米カリフォルニア州の小さなバーで働く日本人バーテンダーが、カウンター越しに耳にしたリアルなアメリカをつぶやきます。
突然スマホに「離婚しよう」
『スピード恋愛』(#10)では型破りのスピード恋愛で結婚に至った過程を楽しくお話してくださったプリアさん。今回、久しぶりに来店された彼女は私の顔を見ると開口一番に「あの彼と離婚したの」と言うではありませんか! 誰かに吐き出したかったようで、飲み物をお出しする前に話し出しました。
「いつもと同じように一緒に朝ご飯を食べて、彼を会社に送り出したの。しばらくして彼からスマホにメッセージが届いたから、それを見たら“離婚しよう”(Let’s divorce)って書かれていたの」と、かなり憤慨した口調のプリアさん。「一言でいえば、彼は私が思っていたような良い人ではなかった。ほぼサイコパスな○○野郎で、人として最悪だった」と罵りはつきません。
やはり、お付き合いした期間が短かったのが、悪い結果になったのでしょうか? でも、そんなに悪い人だったなら、なぜ結婚前にそれに全く気がつかなかったのでしょうか? いろいろ尋ねたいことは抑え、黙って頷いていると、私の表情を察したのか、プリアさんはこう説明してくれました。
「ねえ、隠れナルシスト(Covert Narcissist)って知ってる? 表面的には控えめで内向的、傷つきやすいように見えるけれど、内面にとても強い誇大性や特権意識を秘めている人のことなんだけれど、彼はその“隠れナルシスト”だったのよ」
「結婚前の彼」と「結婚後の彼」
『スピード恋愛』(#10)で書いた通り、二人は出会い系アプリで知り合い、とんとん拍子に進んで結婚しました。彼女の話もよく聞いてくれ、ハイキングが好きだと言えば週末のデートはハイキング。食べ物の嗜好も合わせてくれるし、彼女の最愛のペットも自分の愛犬のように可愛がる。まさに運命の相手とも思われる男性で、友人たちからも「すごく素晴らしい人に巡り会えたね」と称賛の渦でした。
それが、結婚生活が始まると微妙な変化が。その変化は少しずつだったので最初は全く気づかなかったそうです。優しくて何にでも理解をみせていた彼の変化は、まずプリアさんの行動に対してふんわりと否定的な態度を示すようになったことからだったそう。
たとえばプリアさんが友達と出かける約束をしたことを告げると、「そうしたいなら、そうすると良いよ」と理解しているように言うものの、口調や態度は裏腹な感じを見せるようになったそう。また、プリアさんが作った料理に直接文句をつけるのではなく「興味深い味だね。普通の奥さんは出す前に味見するよね」と嫌味や皮肉を言うようになり、プリアさんの不愉快そうな顔を見ると「冗談だよ、君はセンシティブだね」と自分に悪気はなかったように終わらせることが続くように……。決して攻撃的ではないものの、そういうことが毎日じわじわ繰り返されるうちに、プリアさんは「なにか変だな。でも何が変なのかな? 私がおかしい?」と徐々に「自分のせいでうまくいかないのかも」と思うようになっていったそうです。
隠れナルシストの深い闇
時間が経つにつれ、どんどん自尊心が傷つけられ、自分を責めるようになったプリアさん。彼に何か言っても結局すべて自分のせいになってしまうので、悩んだ末に精神科のカウンセリングを受けたそうです。
「これ以上落ち込まないようにセラピストに会いに行ったの。彼とのやりとりを詳しく説明したら『問題はあなたではなく、ご主人ですね。典型的な隠れナルシシストです』って言われたわ」
「ナルシシスト(ナルシスト)」という表現はよく聞きますが、一般的な「ナルシシスト」と「隠れナルシスト」は何が違うのでしょうか?「隠れナルシシスト」とは……
- 賞賛を強く欲するが、謙虚な態度をとる。反面、心の中では周りを見下している
- ほんの少しの指摘や批判に過剰に反応し、被害者意識が極めて高い
- サイレント・トリートメント(相手への怒りや仕返しとして相手を意図的に無視したり、よそよそしい態度を取る)をするのが定番
- 相手に罪悪感を持たせる
- 裏を返した褒め言葉などを言って人間関係をコントロールしようとする
一般的なナルシシストは、少し一緒にいれば「あの人は自分こと大好きなのだ」と分かりやすく、称賛に値する人間になる努力もするそうです。一方で「隠れナルシスト」は外面が良いので、謙虚で良い人という好印象を与えるものの、自分を高める努力はせず、周りを貶めた人間関係を作る。常に「悪いのは自分ではなく相手」。皮肉を言ったり、不機嫌な態度をみせる受動攻撃的な方法で他者を操作しようとするのが特徴だそう。
プリアさんのように、隠れナルシシストとの出会いを「良い人に出会えた」と思っていると、チクチクと胸に刺さることを言われたり、急に無視されたりするうちに彼の顔色を伺うことが増え、自分の言動に自信が持てなくなり、いつの間にか精神的に削られていくそうです。
「激しく傷つけることはしないし、暴力も振るわない。外面が良いので彼は周囲からは今でも本当に良い人だと思われているし、離婚だってもちろん私のせいになっているしね」と、プリアさんは呆れた表情を見せていました。
スピード離婚は不幸中の幸い
「彼が離婚したいとメッセージを送ってきたのは青天の霹靂だったし、呆れてものも言えなかったけど、今考えれば、彼から離婚を切り出してくれて良かった」と話すプリアさん。というのも、もうひとつ怖いことが発覚。それは彼と母親の関係でした。
「彼からメッセージが届いたとき、何かの間違いかと思って彼のお母さんに電話したの。そうしたら、お母さんも賛成したと言われて、ぞっとしたわ」
精神科医によると「隠れナルシシスト」には、たいていの場合、その人に賞賛を与え続け、常に「あなたが正しい」と励まし支える存在がいるそうで、どうやら彼にとっては彼の母親がその役目を担っていたようです。
「今となっては、すぐに離婚できてラッキーだと思うようになった。もし子供ができていたら大変だったし、あんな狂った親子とはさっさと縁を切らないと」と話すプリアさんは、結婚前のように自信に満ちた自分らしさを取り戻しつつある、と言っていました。
初めての恋愛から結婚と離婚まで、短い間にいろいろな経験をしたブリアさん。これからはきっともっと慎重にお相手を選ぶはず。そんなプリアさんの短い結婚生活の終わりと新しい人生の始まりを祝して、明るいカクテル、アペロール・スピリッツで乾杯しましょう!
今月のカクテル:アペロール・スピリッツ

簡単に作れるので、お友達と家飲みする時などにもぴったりなイタリア生まれのカクテルです。イタリアでは食前酒として飲まれていることが多く、アルコール度数もあまり高くない爽やかなお酒です。プロセッコはイタリアのスパークリング白ワイン。基本的にはプロセッコ、アペロール、炭酸水を3対2対1で混ぜれば良いですが、プロセッコの量を多めにすれば甘めになるので、お好みで調整してください。