
【カリフォルニアの隠れ家バー便り】
世界中から移住者や旅行者が訪れる米カリフォルニア州の小さなバーで働く日本人バーテンダーが、カウンター越しに耳にしたリアルなアメリカをつぶやきます。
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離婚するきっかけなんて特にない
今日の客様
リチャードさん(仮名)は58歳。すごく若く見えるわけでも、いわゆるイケオジでもありませんが、なかなか魅力的な男性で「ドラマチックな経験や大きな変化を望むこともなく、まあ、ごく普通の人生を送ってきた」そうです。そんなリチャードさんの人生における一大事件となったのが、長年連れ添った妻との離婚でした。
常連ではないけれど、たまに来店されるリチャードさん。今までゆっくりお話しする機会がなかったのですが、この日はきっと誰かと話したい気分だったのでしょう。カウンター席に腰を下ろして、オールドファッションドをゆっくり飲みながら、最近体験した自身の一大事について語りはじめました。
33年間も続いたローラさん(仮名)との結婚生活に終止符を打ったリチャードさん。どんな理由があったのか気になるところですが、離婚の理由は少し意外でした。
「何か劇的な事件やきっかけがあったわけでもなく、結婚生活が特に辛いと感じることもなかった。なんとなく静かに侵食していった感じ」
リチャードさんとローラさんの間には2人の子どもがいますが、すでに巣立って生活中。共働きで大変な時もあったけれど、子育ても二人で頑張ったし、それぞれのキャリアも積めたし、家も買ったし、特に問題ない人生を送ってきた—— ただ、夫婦としての2人の関係を振り返ってみると、「いつの間にかパートナーというよりは、ルームメイトのような感じになっていた」と、リチャードさん。食事のことやスケジュールを確認する程度の会話がほとんどで、感情面に距離ができた気がしていたそうです。
喧嘩をすることもなく、どちらかが浮気をしたわけでもない。それなのに、リチャードさんがなんとなく「別れて暮らしてみないか?」と持ちかけると、ローラさんも「それが良いかも」と頷いたそうです。「少し悲しくて涙も出たけれど、正直、お互いにほっとした」と話していました。
グレイ・ディボース(熟年離婚)
リチャードさんの離婚は、アメリカで年々増加傾向にある「グレイ・ディボース(熟年離婚)」といわれるもの。1990年代以降、アメリカにおける50歳以上の離婚率は2倍、65歳以上は3倍まで増加しているそうです。
熟年離婚の大きな理由は3つ。ひとつは「心のすれ違い」、ふたつ目は「平均寿命が延びたこと」、そして何よりも現代を生きる人たちが「満たされない関係に留まることを拒むようになったから」だと言われています。
熟年離婚は、たいてい経済的な縮小を伴いますが、リチャードさんたちの場合は、長年住んだ一軒家を売却して、お互いが小さなアパートに引っ越したそうです。離婚後のリチャードさんは、ひとりの生活には慣れたけれど、「このままひとりで年老いていくのだろうか?」という不安を感じたり、経済的な心配もあると言っていました。リチャードさんはお仕事を続けているので経済的な心配はなさそうですが、いわゆる「家計」を管理したことがなかったので、離婚後はそれに戸惑ったとか。
「家計は元妻が仕切っていたから、家の維持費がどれくらいかかるとか全然知らなかったんだ。今は日々いろいろ学びながらやっているよ(苦笑)」
長年の結婚生活からの離婚は、それまでとはかなり異なる生活が始まるので新しい環境への順応力や適応力が必要になるようです。
Simp(シンプ)というスラングの意味は?
どうやら、リチャードさんは自分が離婚するにあたって、かなりの時間をかけてインターネットで「グレイ・ディボース(熟年離婚)」についてリサーチをしたようです。
アメリカでよく使われる比喩で「falling down the rabbit hole(どんどん深みにハマっていく)」という表現がありますが、リチャードさんは、まさにこの状態になって夜遅くまでスマホと睨めっこしながら、熟年離婚についての体験談、手続きのノウハウなどを調べる深みにハマっていったそうです。
そんな中、出会ったのが「simp(シンプ)」という言葉。「simpleton(=おめでたい人、騙されやすい人)」から派生したスラングで、たいていの場合、男性に対して使われ、「自分にまったく好意を返してくれない女性に対して、必要以上に尽くしてしまう人」のことだそう。私もリチャードさんから聞くまで知らなかったスラングですが、リチャードさんは「もしかしたら僕は simp だったかも?」と考えるようになったとか。
「そういえば、いつもローラの好みに合わせて旅行先やレストランを決めていたし、自分の趣味なんていう選択肢はなくなっていた。自分の意見を声を大にして伝えることもなかったし、自分の居場所をちょっと小さくすることで家庭の平和を保とうとしていたような気がする」と言って苦笑い。
自分が「simp」だったと気づいてどう思っているかを尋ねると、リチャードさんはこう答えました。 「まあ、元妻や家族を喜ばせることに全力を尽くしたことについては後悔はないよ。僕が simp だったとしても、自分は深く人を愛せる人間だと思えるからね」
セカンド・チャンスは人それぞれ
そんなリチャードさんも離婚後は様々なことに挑戦していて、最近はじめた3つのうちのひとつは、近所の木工のクラスに通い始めたこと。2つ目は朝に散歩に出てよく見かける近隣住民たちと話をするようになったこと。そして3つ目は出会いサイトに自分のプロフィールを載せたことだそうです。
これも自分でネット検索して知ったらしいのですが、熟年離婚を経験した4人に1人は新しいパートナーと出会うのだとか。離婚後の感情が収まるまでの期間はそれぞれ異なると思いますが、リチャードさんの場合は3カ月で新しい出会いを求める気分になり、しかも、かなり期待は高まっているそうです。
リチャードさんが求める相手は、「20代の頃のような情熱を求めているわけではなく、一緒に笑い合えたり、静かな夜やドライブを楽しめるような存在」。 彼にとって、これからの人生は若かりし頃の自分の人生の繰り返しをするのではなく、今までおろそかにしてきた「自分をじっくり見つめる時間」を作り、これまで得た経験と知識をもって自分のために自分のしたいことをすること。それが自分の人生のセカンド・チャンスだと思っているそうです。
ちょうど2杯目のオールドファッションドのグラスも空になったところで、お話も上手にまとめてくれたリチャードさんでした。
今月のカクテル:オールドファッションド

こういう強いカクテルを好む女性も確かに増えていますが、私の中では「オールドファッションド」は最も男らしく、シンプルで強く、そして伝統のあるクラシカルなカクテルです。「とっても男性的なカクテル」と言ったら、きっと今の時代どこからお叱りを受けるでしょうね(笑)。大きな氷をゆっくり溶かしながら、カクテル文化の原点とも呼ばれる一杯を楽しんでください。