虚無のススメ

母が好きな作家は「佐藤愛子」

 若い頃、母が薦めてくれた佐藤愛子著『戦いすんで日が暮れて』(1969年・文藝春秋)に衝撃を受けました。その作品がきっかけになって、しばらく愛子先生のエッセイなどにも夢中になりました。なんといっても「憤怒の作家」たる愛子先生の歯切れよい、歯に衣着せぬ怒りのパワーみなぎる筆致にずいぶん励まされたものです。母のオススメゆえ、愛子先生と母を重ね合わせて読んだりもしました(実際、母の人生と重なる部分もあり……)。その後も愛子先生は精力的に作家活動を続けていらっしゃったようで、最近では『九十歳。何がめでたい』(2016年、小学館)が映画化され、草笛光子さんが見事に愛子先生を演じているのを拝見しました。

 永遠に憤怒をほとばらせるのかと思っていた愛子先生も、いまや102歳。とうとう認知症をわずらい施設入所されたとか。なんとなく他人事に思えず調べてみると、なんと今や娘さんやお孫さんが愛子先生をモチーフにしたエッセイや漫画などを発信しているではありませんか!  

 娘で文筆家の杉山響子さんは母についてエッセイを書き、孫の杉山桃子さんもコミック&エッセイ『うちのばあさん102歳 -佐藤愛子、無敵の老い方-』で、無敵女子・愛子先生のすさまじい認知症エピソードをクスっと笑える視点で描いています。うちの母のかつてのオススメ「佐藤愛子」は、いまだ世代を超えて私を支え励ましてくれる存在。佐藤家は我が家の私淑ですね。

母と私は同じ部屋の中から「違う空」を見ている

 母を介護する生活も15年ほど経ちましたが、認知症の見当識障害との「戦い」はまだ始まったばかり。こんなに時間が経っても、まだ新しいフェーズがやってくる……本音を言えば「げんなり」です(涙)。

 認知症の見当識障害(時間・場所・人がわからなくなる状態)と対峙するのは大変です。同じ空間にいても母と私の境界線は全く違うので、話が嚙み合うほうが奇跡的。二人は同じ部屋の中から「違う空」を見ていると言っても過言ではありません。だからこそ、ある種の戦いなのです。

 そして、この戦いは感情的になった方が負けなのです。なぜなら、良心が多少なりともある大人ならば、イラついて親を罵倒したら、「生み育ててくれた親を虐待している恩知らずな人間……」と、激しく自責の念にかられることが分かっているから。実際、そういう想いに何度も陥っている私です(涙)。だからこそ、介護をする私は「虚無」の境地を持たなければなりません。心を虚無にして母が見ている空を探る、「ユニークな戦い」という感じでしょうか(苦笑)。

母の世界の中で芝居する

 「虚無感を作り上げる」———それは具体的にどういうことなのか? 私の場合は、母に見えている視界(妄想、せん妄)の中に入っていって「お芝居をする」ような感じです。演劇に「エチュード」という即興劇を作る稽古法がありますが、まさにソレ。例えば、こんな感じです。

 母「テーブルに犬が乗ってるよ!」(セリフはいきなり飛んで来るので驚いてはいけない。ちなみに我が家に飼い犬はいない)
 私(パンッと手を叩いて)「こらメイ!(←昔、飼っていた犬の名前)降りなさい! ダメよ!」
(見えない犬をたしなめる芝居をしてから)
 私「母さん、犬はテーブルから降りたよ」
(母、安心して頷く)

 認知症から起こる「せん妄」により、母にはどんな世界が見えているのかはわかりません。でも、自分の心を「虚無」にして母の世界に入ってお芝居をすることで、少々楽しみながら過ごせいるこの頃です。もちろん母が不穏な時はヘトヘトになることもありますが、そんな状況でも「虚無」でいられたら、私もいつか「無双」の境地に近づけるのかもしれません(笑)。

やまなし介護劇場 第29幕のイラスト
劇団「入月」発動中!

介護人の悩み 教えて!ChatGPT

Q:認知症の見当識障害で母の妄想が頻発。どう対応すればいいでしょうか?

<ChatGPTの回答>

 見当識障害では「今どこにいるか」「何が現実か」を判断する力が弱くなるため、妄想のような発言が起こりやすくなります。多くの場合、本人にとってはそれが「本当に見えている現実」なので、正そうとしたり、否定すると不安が強まり、かえって不穏が続くことがあります。まずは「そう見えたんだね」と受け止めて安心させる対応が効果的です。介護では正解を説明するより、安心できる空気を作ることが一番の対処法と言われています。

<一服のコメント>

 チャッピーに「回答は短くお願い」と頼むと的確でシンプルな回答してくれるようになりました。確かに自分の「正解」や「正義」の押しつけになってしまうと、子ども(に戻っている母)は反発したくなるのかもしれません。演劇の経験をフルに活かし、母の妄想劇に付き合う即興劇をがんばる所存です。

入月朏のLINEスタンプはこちら
おすすめの記事