
様々な国の出身者が日替わりシェフに!「コムカフェ」
今年の夏は東京から大阪に通って、箕面市にある「コムカフェ」を取材していた。そこは、日本に住む外国人市民が日替わりでシェフとなって母国の家庭料理を提供する、ちょっと変わったカフェだった。
タイ、シリア、バングラデシュ、インド、香港などにルーツを持つ女性たちがそれぞれの祖国の料理を作っていたが、プロではない彼女たちが作る家庭料理は親しみやすさもあって地域の人たちに愛されていた。そして、その料理には彼女たちの遠い故郷への想いがもうひとつ乗っかって、店で食べる料理とはひと味違う優しさがじんわりと伝わってくる。

「ワンデイシェフ」と呼ばれる彼女たちは結婚を機に来日した人が多かったが、母国では雑誌の編集者をしていた人や建築家を目指していた人、写真家になる夢を持っていた人など、高学歴で聡明な女性ばかり。日本に来て初めて「母国の料理」を意識した人がほとんどだった。みんな真剣に調理をしていて、その様子を見ているとなぜかグッとくるのだけれど、「彼女たちが日本で故郷の料理を提供することは、ある意味、国を背負っている意識があるんじゃないかな」とある人が言っていて、納得した。
いま大阪で万博が開かれているが、12年前からこの「コムカフェ」では「食」を通して国際交流が行われてきた。様々な国の人たちが集まっているので、最初は調理の仕方の違いで揉めることも多かったらしい。いわゆる「多文化共生」の走りのカフェだが、理想は「多文化共生」という言葉がなくなって、それが当たり前になることだと言っていた。
「食」をテーマにしたドキュメンタリーから見えるもの
思い返せば、私のディレクター人生は「食」をテーマにしたドキュメンタリーを制作することが多かった。前回のコラムで紹介したケイさんに出会ったのも、「最期の料理」を提供する料理人の話からのスタートだった。他にもたくさんの名立たる料理人を取材させてもらったし、尼寺で精進料理を作る番組にも携わってきた。最初は意図して「食」を取材していたわけではなかった。昔は「女性」だからという理由で料理番組の仕事の依頼が多かったのだが、いつしかそれが私のドキュメンタリーのテーマの1つになっていた。
もちろん食べることは好きだし、料理をすることも嫌いじゃない。だけど、高級料理をいつも食べたいかと言われるとそうでもない。一流料理人は素材を吟味し、長年の修行で培った確かな技術、信念を持ってお店を続けている。その歴史にはとても興味があるが、私はむしろ地元に愛されている小さな定食屋さんとか、おばあちゃんから受け継いで母が作るような家庭料理の方に惹かれてしまう。「それはなんでだろう?」と考えてみると、人間同士の近い距離感、敷居の低さなのかも知れない。
密着取材をしていると、客との会話から店主の人柄や悩みが見えてきたり、家庭料理から地域の生活が見えてきたりもする。小さなコミュニティの中に自分が入っていくと、徐々に受け入れて心を開いてくれるのが居心地いいのかも知れない。私にとって「料理」や「食」は、様々な人の想いが見えてくる究極のドキュメンタリーなのだ。
今月の駅弁:兵庫・姫路 まねき食品「おかめ弁当」
大阪駅には全国の駅弁が集まっているので選ぶのに迷ってしまうが、ひと際目を引くのが、「おかめ弁当」。明治21年に兵庫県姫路市で創業した「まねき食品」のロングセラーだ。

昨年8月、地震で東海道新幹線が大幅に遅延した時、私はこの「おかめ弁当」に助けられた。いつ動くかわからない不安を抱えた車内で、乗車前に買っておいたこの駅弁を口にした時は本当に美味しかった! 牛肉、椎茸、筍、タコ、エビ、穴子、あさりの佃煮、鶏そぼろ、栗、山菜、錦糸卵などが、「だし飯」の上にびっしりのっている。どこから食べようかちょっと迷うほど具たくさん。「駅弁を買っておいて良かったなぁ」と感謝したことをおかめの顔を見るといつも思い出すのだ。私は新幹線の中に長時間閉じ込められたことが3回以上ある。やはり、備えあれば憂いなし。持つべきものは友ならぬ、「駅弁」だ。
■オンエアのお知らせ
NHK WORLD『Where We Call Home -Food Brings Cultures Closer』
9月22日 朝9:30~ 世界同時配信
以下のホームページでご覧いただけます。
Food Brings Cultures Closer - Where We Call Home | NHK WORLD-JAPAN