ひとり駅弁部 第26話『二度と会えない旅』

余命宣告を受けたケイさんとの出会い

 夏になると「お盆は帰るの?」と、定番の挨拶のようにいつも聞かれる。

テレビ番組の制作の仕事をしていると、盆も正月も関係ないのが当たり前になっていたが、母が亡くなってからはなるべく実家に帰るようにしている。夏に故人を迎えてまた送るという行事が日本中で行われるというのは、案外いいものかも知れないと改めて思う。

 私の仕事は「取材が終わると親しくなった人に別れを告げ、また新たな人と出会うために旅をする」と以前の当コラムで書いたけれど、親しくなった人は今でも近況が気になるし、ご縁は続いていく。でも、もう二度と会えない人たちもいる。

 10年前、フジテレビ『ザ・ノンフィクション』の取材で出会ったケイさん。30代の女性で、まだ小さい息子がいたけれど、胃がんで余命宣告を受けていた。私は彼女を1年近く取材したのだが、彼女に会ったとき、「病気に負けてたまるか」という強い意志を感じて、そこにとても惹かれたのを憶えている。その時、思ったのだ。病気を抱える彼女に密着するドキュメンタリーではなくて、彼女が今を楽しんで生きている証を残すための番組にしようと。

 彼女は食べることが大好きだったけれど、私と出会った頃は好きなものよりも「体に良い」と聞いたものを全部試していた。免疫力を高めるというにんじんをすったものを毎朝コップ一杯飲むのが日課だったが、食が細くなった彼女は飲み切るのがとても辛そうだった。白米が好きだったけれど、苦手な玄米の方が体にいいと聞いて無理して食べていた。家に訪ねて来た料理人にそのことを告げると、「無理して食べなくていいんですよ。好きなものを食べればいいんです」と言われて、嬉しそうに顔をクシャッとさせて笑ったケイさんのあの笑顔が忘れられない。  

 私は東京から彼女が住む岐阜まで通っていたのだが、ケイさんに会うのが辛いと思ったことはなかったように思う。むしろ、ケイさんやケイさんの家族に会えるのが楽しみだった。もちろん、骨が痛くて歩くのが辛そうなケイさんや体がしんどくて横になっているケイさんを見ているのは悲しかったが、それよりも彼女と話している時間がとても尊く感じられた。

『ああいうのは許せないんだよね……』

 みんなに愛されて笑顔がかわいいケイさんだったが、彼女が運転する車の助手席に乗っていた時、「学生時代、クラスみんなに無視されていた」と唐突に打ち明けられた。なんで私にそのことを伝えようと思ったのだろう? 意外な告白にびっくりしたが、だから彼女は強いんだと妙に納得した。夜の街灯りに照らされた彼女の横顔が今も目に浮かぶ。ケイさんのクラスメイトにも彼女の頑張っている姿を見せてやりたいとその時、強く思った。

 彼女は名古屋の劇団に所属していて、主役を演じるような役者だった。そして私は、彼女が決意を持ってのぞむ最後の公演に密着した。体が痛くて医師に弱音を吐いている彼女も見ていたので、「本当に最後までできるのだろうか?」と心配だったが、彼女はそんなことを微塵も感じさせないほど、最後の舞台を全力でやり切った。私はカメラを回しながら、彼女の気迫に涙が止まらなかった。

 彼女が元気なうちにこの番組を仕上げて見せてあげたいと思っていた。でも、映像を編集中に一本の電話がかかってきて、それは叶わないことなんだと思い知った。

 彼女が台所で料理をしながら静かに言い放った言葉が忘れられない。

「世界の中心で何かを叫ぶとか、なんとかの花嫁とか、ああいうのは許せないんだよね……」

 淡々と語り出した彼女の言葉は、心に重く突き刺さった。これが実際に余命宣告を受けている人の正直な気持ちなのか? 私も彼女に対してカメラを向けているけれど、それは正しいことなのだろうか?と心が揺らいだ。

 関東ローカルの放送だったので、彼女が住んでいた岐阜では観ることができず、放送後、ご家族に番組のDVDを送った。しばらくして遺族に電話をしたとき、ケイさんのお父さんは、自分は番組を観たが、お兄さんや旦那さんはまだ観ていないようだと教えてくれた。

 いつか、ケイさんが頑張って生きていた証を息子さんにも見て貰えたら……と思っている。たぶんそれが彼女が私たちに撮影を許した理由だろうから。

 今年もお盆がやって来た。ケイさんも家族のもとに帰って来ているかな。 私は母とケイさんと、もう会えない人たちのことを想って過ごそうと思う。

岐阜の風景(左)ケイさんの父が育てたイチゴ(右上) ケイさんが亡くなったあとに育ったイチゴ(右下)

今月の駅弁:兵庫神戸・淡路屋『夏の旅路』

 明治36年創業の淡路屋。駅弁にこの名前を見つけると、私はいつも「これは間違いない」と安心して購入する。

 大阪で仕事を終えて東京に戻る日、最終の新幹線に乗るギリギリの時間になってしまった。それでも駅弁を買いたくて選んだのが『行楽のお供に 夏の旅路』。花火を楽しむ人々の絵が描いてあって、本来なら「行楽のお供」に相応しいお弁当なのかも知れないが、郷愁を誘うパッケージと盛りだくさんの楽しいおかずに食指が動いた。8月下旬までの夏季限定の駅弁らしい。穴子と椎茸がのっている酢飯が熱い夏でも食欲をそそる。ナスやカボチャや里芋などの野菜の炊き合わせや水分をたっぷり含んだがんもどき煮も夏のおかずにちょうどいい。お肉と魚のどちらも食べたい欲求も叶えてくれて、夏らしい鱧の天ぷらも入っている。夏の思い出がたっぷり入った駅弁だ。

兵庫神戸・淡路屋『夏の旅路』



おすすめの記事