次の一歩を進めるために
イギリス人生パンク道

九州出身で英国在住歴23年、42歳で二児の母、金髪80キロという規格外の日本人マルチメディアアーティスト大渕園子が、どうすれば自分らしい40代を生きられるかを探してもがく痛快コラム。40代はあと8年。果たしてそれは見つかるのか?!

個展『My Life in Stitches』の旅

 先日、私はアイルランドで個展『My Life in Stitches』を開催した。この展覧会は、息子の3年半におよぶ不登校や私自身を含む家族が抱えたうつをきっかけに、そこから癒され、再生していくまでの私たち家族の4年間の歩みをテーマにしたものだ。布や糸、映像を使い、痛みや葛藤と向き合いながらも、そこから希望を見出すプロセスを形にした。

 その個展はプライベートな招待制で25人が集まってくれた。国も文化も異なる人々が、病気や離婚、日々の苦悩などそれぞれの人生を抱えながら、作品を前に涙を流し、そっと自身の体験を語ってくれた。その光景に私は胸を震わされた。作品というものは言葉以上に人と深い場所でつながることができるのだと、改めて実感した。

自分の物語に「ひと区切り」

 アイルランドの個展で特に印象に残ったのが、私と同世代のアジア出身の女性との出会いだった。彼女は『Inner Child Cat』という作品(※)を見て、自分の幼少期のトラウマと重ね、「これは generational trauma(世代を超えて受け継がれる心の傷)だ」と表現した。生まれ育った社会や自身が受けた教育から「無意識に受け取った痛み」が次の世代にまで影響してしまう。「その連鎖を断ち切りたい」という切実な思いを聞いて、私は彼女を抱きしめた。異なる人生を歩んできても、同じ時代を生きた者同士、どこか響き合うものがあったのだろう。

(※ Inner Child=インナー・チャイルド=子どもの頃の感情や傷ついた心を内側に抱えた“もう一人の自分”を意味する言葉)

 アイルランドで個展を開催した背景には個人的な意味もあった。コロナ禍の英国のロックダウン(2020年3月〜2021年7月)を機に息子のうつと不登校でどん底に落ちていった時期、電話やビデオ通話を通して私を支えてくれたのが、アイルランドに住む友人だった。不登校やうつを乗り越え、癒されて家族が復活していくストーリーを作品に託した展覧会をそこで開催することは、彼女への感謝を込めた「物語のひと区切り」。そうすることで、私自身の歩みを一つの流れとして完成させたかった。

こちらのインスタで作品動画が見られます。
https://www.instagram.com/p/DNvhMLaUK64/?igsh=bGdvYXdrNW52cjA0

今月はバンコクで個展開催

 個展『My Life in Stitches』は、私が住むイギリスと故郷である日本という大切な土地で展示を終え、アイルランドを経て今月はタイのバンコクで開催される。そこにもこの辛かった時期の私を支えてくれた友人がいる。

 バンコクで個展をすることは、私にとって大切なすべての場所をめぐり終えるという感覚がある。まるでおまじないをかけるように、自分自身に、そして家族に「ここまで来たのだ」という証を刻むために。

 イギリスに四半世紀暮らし、旅はヨーロッパばかりだった私にとって、東南アジアは未知の地。どんな出会いがあり、どんなふうに受け止めてもらえるのだろうか。予想できないからこそ、ワクワクする。未知の場所で作品を見せることは、同時に自分自身を新しい舞台へ解き放つことでもある。この旅の続きにどんな物語が待っているのか——怖さとワクワクを抱えながら一歩を踏み出した先には、きっと新しい自分との出会いがあるはずだ。

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