初めての渡米 その2
特別養子縁組ものがたり

『この子、私が産んだ子じゃないんです』第2章は、太郎くん(ももさんの息子)が、ももさん夫婦の戸籍上の子どもになってからのお話です。太郎くんとの出会いから、ここまでのお話(第1章)は著者アイコンをクリックしてエピソード一覧へ。

なにもかも大きいアメリカに大興奮

 前回もお話ししましたが、我が家は国際結婚です。そんな我が家の息子になった太郎くんと3人で初めて家族揃って渡米したときのことは今でも忘れられない思い出です。今回は前回に続き、初渡米の様子をお話しさせてください

 当時、私たち夫婦は日本在住でしたが、夫はアメリカ人、私は留学してアメリカの大学を卒業したのでアメリカ生活には慣れていました。でも太郎くんにとっては初めての外国です。アメリカを見てどんな反応をするのか、私は密かに楽しみにしていました。

 私にはアメリカに住んでいる弟がおり、弟が車での送迎や宿泊などいろいろと世話を焼いてくれました。弟には太郎くんより数歳年下の男の子(私の甥っ子)がいて、到着した私たちを隅々まで案内してくれました。周りをキョロキョロしながら、甥っ子のあとを追いかけるようについて行く太郎くん。広いリビングルームにキッチン、寝室やトイレがいくつもある大きな家は私たちが日本で暮らす集合住宅とは比べ物にならないほど広く、「日本のおうちよりすごく大きいね!」と興奮気味で感想を言う息子を見て、私は「この子にこれからもできる限りたくさんのものを見せてあげたいな」と思ったことを今でも鮮明に覚えています。

 とにかくアメリカは広大です。公共交通機関が発達したニューヨークなどの大都会を除けば、どこに行くにも車が必要で車のサイズも大きいものが主流。弟家族の車に乗ってレストランや買い物などに外出するたびに、太郎くんは「大きいね、広いね」と何度も口にして、初めてのアメリカをとても楽しんでいる様子でした。それを見て私も夫も「大変な手続きが山積みだったけれど、アメリカに連れて来てよかった」と肩をなでおろし、家族みんなで過ごす旅行を楽しみました。

お菓子を欲しいと言わなかった太郎くん

 弟の家を訪ねた後は、飛行機にのって他州に住む私の友人に会いにいきました。束の間でしたが、二家族でお互いの子どもの成長に関する話などに花を咲かせ、良い時間を過ごすことができました。

 その移動のときに乗った飛行機の中で、私にとって忘れられない出来事がありました。機内の座席ポケットに入っていた案内の中にお菓子セットの写真を見つけた太郎くんは、その写真を見て欲しそうな表情をしていました。私は「お菓子が欲しいって言ってくるかな」と思いながらチラチラ様子を見ていましたが、何も言ってきません。だからあえて私も何も言わずにいましたが、「欲しいけれど我慢しているのかな」とか「親に気を遣っているのかしら?」などと気になっていました。何も言わずに何を考えているのだろうと……。

 すると、客室乗務員が飲み物のサービスにやって来て、太郎くんに「ぼく、お父さんとお母さんの言うことをしっかりきいているかな?」と話しかけました。太郎くんが「うん!」と自信満々に答えると(英語の聞き取りは全く問題なくできますが、口から出る言葉は日本語のみ)、「元気がいいね! お父さんお母さん、息子さんはこう言っていますが、それは本当ですか?」と聞くので、夫が「ええ、たいていはいい子にしていますよ」と答えると、客室乗務員は笑顔で「いい子にしているご褒美よ」とお菓子セットをプレゼントしてくれたのです。パッケージやサイズからして日本のものとは異なるいろいろなお菓子が入ったセットをもらって太郎くんは大喜び。我慢したことがこのプレゼントに繋がったことも含めて、またしても異文化を体験できました。おまけに降機の際には操縦室へ案内をしてくれて、おみやげまで頂くという特別扱いも! 実は私も子どもの頃から飛行機が大好きだったので、自分と似たポジティブな出来事を目の前で体験している太郎くんを見て、とても嬉しく感じました。

夫の親戚一同に太郎くんを紹介した日

 そして、いよいよ夫の出身地である米東海岸へ。この渡米の一番の目的は夫の家族や親戚に太郎くんを会わせることと、夫の妹(私の義妹)の結婚式に出席することでした。

 夫には親戚が多く、私は「皆さん、息子にどのように接してくださるかな……」と少し緊張していました。アメリカでは日本に比べて特別養子縁組が圧倒的に受け入れられているとは言うものの、緊張のせいなのか、マイナスな思考が先走ってしまい、「結局はアダプション(特別養子縁組)に対するひとりひとりの意見はあるんだから、アメリカだからと一括りには言えないはず。もし家族に歓迎してくれるムードではかったら、どうしよう……」というような想いが浮かんできました。でも、それまでに夫の家族が息子のことでマイナスなコメントを言ったことはなかったので、「いや、やっぱり私の考え過ぎかな」などと様々な思いが頭の中を駆け巡りました。

 いよいよ義妹の結婚式当日。太郎くんは主役である新郎新婦に負けないくらい、親戚陣から注目を浴びていました。皆さんに遊んでもらい、おこづかいをいただいたり、新郎新婦と太郎くんのスリーショットの記念撮影があったり……。太郎くんは終始笑顔で、私の懸念は取り越し苦労。誰にとっても楽しい結婚式になり、本当に良かったと心の底から安堵しました。

 結婚式の翌日に帰国の途に。全10日間のアメリカの旅を終え、飛行機の中でぐっすりと眠っている息子の寝顔を見て、私はふと「私と夫に出会わず、あのまま児童養護施設に暮らしていたとしたら、今頃はどんな生活を送っていたのだろう」と考えました。あのまま施設にいたとしたら、海外へ行くことはあっただろうかとか、今のように英語が自然と身につく可能性はあっただろうかとか……。人生とは本当にわからないものですね。

 この旅でかかった費用は一の位の単位まで表すことが出来ますが、私たちが家族で経験したことや、それぞれの心に残った思い出には値段が付けられない価値があると思っています。太郎くんと接することで親にさせてもらい、息子を通して実に様々なことを経験させてもらっていますが、これは「親」でいる限り、ずっと継続していくことなんだろうな、とようやく気付き始めました。

 私たち親子の旅はまだまだ続きます。次回もお楽しみに!

特別養子縁組と里親の情報
おすすめの記事