人生のカリキュラム
介護って何だろう?

<やまなし介護劇場>
「母、危篤」の連絡を受け、東京から故郷山梨へ飛んで帰って早13年。50代独身の著者が愛する母を介護しながら生活する日々を明るくリアルに綴ります。

母に睡眠薬を飲ませていいのか?

 今春、「母の木の芽時」と称してコラムにまとめましたが、母の状態は依然として快方には向かっていません。ただし私はコツというか対処方法を掴みつつあります。

 認知症の症状ともいえる繰り返し行動は、時としてエスカレートし、寝たり起きたりを昼夜問わず繰り返し、その都度「寝ました!」「起きました!」と大声でアピールするため、私も睡眠障害を引き起こしかけ精神的に参っていきました。

 ついに今夏、外来している診療所の主治医に「このままでは介護する側がつぶれてしまうので、睡眠薬を処方してください」と、お願いしました。

 主治医は「最近の睡眠薬は依存症になるような副作用はないから、毎日飲める量を処方しましょうか?」と提案してくれましたが、私が睡眠薬を常用させることに抵抗があり、「いいえ、頓服(とんぷく)でお願いします」と答え、発作が出たときに使う分量だけを処方してもらうことにしました。

 とはいえ、正直複雑でした。  私は自分を守るために、自分の母親を薬を使って眠らせるのですから。介護する者が倒れたらどうしようもないので仕方ないこととはいえ、自分中心の身勝手な選択のようにも感じて気分が落ち込みました。

ぐっすり眠る母を眺めて

 睡眠薬を初めて処方した夜、母は深い眠りに落ちました。母の眠る姿を眺めながら安堵感を得たとともに、「ごめんね」っていう気持ちも湧きあがりました。

 それからは母の発作が起きそうな時や、私が朝早くから用事がある前日などには母に睡眠薬を処方することにしました。睡眠薬は効く夜もあれば、残念ながら効かない夜もあり、なかなか思い通りには行きません。こっちもイライラしてしまい、母の発作が始まると「うるさい!」「いま何時だと思ってるの!」と声を荒げて感情的になってしまうこともありました。

 介護する側が「うるさい!」などと感情的に声を荒げると、母の不穏がさらに加速してしまい、夜中に大きな声で「寝ました!寝ました!寝ました~!!!」が止まらなくなります。この両者の感情のぶつかり合いこそが、最悪のケースである「虐待」や「親殺し」に繋がっていくのかな……と、淡々と怖い話を夜中に自己分析する私。あぁ、恐ろしや!  そして「中年女」が、意識障害を抱える「老女」と罵りあう。そんな醜い時間が田舎の星空に熔けていく……。もはやホラー。あぁ、情けなや!

介護で気づかされた「人生のカリキュラム」

 いつしか自己嫌悪と睡眠不足ですっかり元気が出なくなり、空元気すら枯渇しそうな夜、いつものように、母の発作が始まりました。

 「寝ました!」「起きました!」と母が叫んでも、ついに疲れがピークに達していた私は「はいはい……」と気力が出ずに、なま返事を差し込むのが精一杯。すると、なま返事でも母はレスポンスとして受け取るようで、機械的に寝たり起きたりを繰り返していました。優しさや怒りや悲しみなどの色彩を一切排した「はいはい……」の返事が、母の行動切り替えの合図となり、だんだん私も眠気に飲まれそうになりました。

 「母さん、私もう眠いから、寝ちゃったら返事出来なくなるけど、ごめんね」と力なく伝えると、「はいよ!」と返答をした母(元気いっぱい、笑)は、その後も寝たり起きたりを数回繰り返したものの、いつしか静かに眠りにつきました。

 翌朝、久しぶりに充分な睡眠をとれた私は、そこで悟ったのです。

 「介護とは感情ではなく、観察なのだ!」と。

 感情をぶつけたところで、介護度4の老いた母親には何も伝わらない。

 そもそも一般社会でも、どんな正論であろうと感情的な人の話には、人は耳を傾けずらいもの。家族だからって、感情のぶつかり合いや全てが受容されるわけではない。ましてや病気の母親には無理に決まっている。頭では分かっていたはずでしたが、ようやく、全身でそれを理解したように感じました。

 母の気持ちを穏やかな方向へと導くコツ……それは「人の晩年を観察しているのだ」とマインドをセットし、淡々と接することでした。もちろん時々はイラっとすることもあるけれど、私は「私が行く道(自分の老後)を冷静に観察できる機会を与えてもらったんだな」と思うようになりました。おかげで最近は母も睡眠薬を処方せずとも就寝できています(時々は覚醒しますが、淡々対応によって短時間になりました)。

 先日、あるラジオ番組で「人生のカリキュラム」について話しているのを聞きました。人が生まれてから死ぬまでの間に経験する学びの総体を示す比喩的な表現ですが、「大変なことや、不幸なことは、宇宙が与えた『人生のカリキュラム』ですね」と笑い飛ばしていて、とても心が軽くなりました。カリキュラムの負荷が大きいほど、その後の人生はとても軽やかになると信じて、これからも母を「観察」していきたいと思います。

【介護人の悩み 教えて!ChatGPT】

Q:要介護4の母、こちらが淡々と接すると穏やかになる。不思議。
(当コラム内容もチラ見せしつつ、このコーナーの回答として依頼!)

ChatGPTの回答>

※AIのChatGPTに聞いてみました(提供:OpenAI)

 人は誰でも相手の表情や声の調子に反応します。特に認知症がある方は、論理よりも「空気」や「感情の波」に敏感です。介護する人がイライラすれば、不安が増幅して訴えが強まり、逆に淡々と落ち着いた声で応じると、安心して穏やかになりやすいのです。

 つまり、お母さまが落ち着くのは「不思議」ではなく、まさに人の心の自然な反応。あなたが見つけた「観察」という視点は、感情をぶつけ合わずに介護を続ける大きな支えになります。

 ただし、その「淡々さ」をずっと保つのは大変です。だからこそ休養、交代、相談も含めて「介護者が淡々でいられる環境づくり」が大切なのです。

<一服のコメント>

 この回答は説得力ありますね。母は私の波動に反応している……。「介護者が淡々でいられる環境づくり」は確かに重要だなぁと感じます。それにしてもAIによる心の先読み力が半端ない。この先のAI進化も凄いことになりそうです。

 そのうえで…

「この回答を少しユーモア寄りにするか、それとも専門家っぽく落ち着いたトーンにするか、どちらに寄せましょうか?」

というAIの追記、必要か?笑(すっかり編集者目線になっている!?)

母と娘、夜中の大合唱。「寝ました!」「はいはい……」「起きました!」「はいはい……」

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