「大丈夫」じゃない自分を許すこと

何もかも「しんどい」とき、人はどうあるべきか?

 今日はあえて少しだけ、自分のことを話そうと思います。私は昨年50歳になったという年齢的なこともあるのでしょうか、この1年ほど体調が優れず、何をするにも「しんどい」と思う日々が続きました。特に昨年後半は、その不調が人生始まって以来のひどい状態に。真夏にバージニア州からテキサス州に引っ越した疲れがたたったのか、無理がきかなくなってしまったんです。

 「自分はこんなことくらいでは、ヘコたれないはずなのに」
 「心はともかく、身体がどうにも言うことをきかない」
 「以前なら問題なかったことなのに、なぜか深く考え込んでしまう」

 ……などなど、自分らしくない自分を呪いたくなるくらいのドツボぶりでした。気づけば頭クラクラ、足フラフラ、歯ぎしりしすぎて歯までグラグラ(汗)。そんな中で、ずっと頭の中に響いていたこと。それが、何もかも「しんどい」とき、人はどうあるべきか?ということでした。

人はたいてい大丈夫。だから、大丈夫じゃなくて良い

 女性にとって40代、50代という年齢は「特別」な時間なのだと思います。カラダの変わり目は人生の変わり目。私のケースではありませんが、更年期障害でヘロヘロになる人もかなり大勢いると思います。また、人生の後半に片足をつっこみ、自分を取り巻く環境も大きく変わります。子育てをしている人なら、それがひと段落する時期でもあるでしょうし、親の介護が始まる人もいるでしょう。自分自身の老後の不安が現実味を増す人もいるはずです。

 なかには夫婦関係に変化が訪れて、大きな選択として「離婚」を選ぶ人もいるかもしれません。パートナーがいらっしゃらない方なら、結婚や人生の伴侶を求めることはやめて、「ひとりで生きていく人生」に覚悟を決める場合もあるでしょう。

 年を重ねるということは、変化を経験することに他なりません。また、いろいろな意味で、「未来」に対して若い頃のようには無邪気な希望を見出しづらくなりますから、自分の身の回りに起こる現実に押し潰されそうになることもあるでしょう。

 だからこそ、今しんどいと思っている方は、勇気をもって足を止めましょう。なぜなら「もうダメかもしれない」と思うようなことがあったとしても、たいていの場合は「突然死に至るほど大丈夫じゃなくなるケースは意外と少ない」からです。どんなことでも最終的に大丈夫なのであれば、ちょっとくらいの間「大丈夫」じゃなくても良いという発想を持って欲しいのです。

無理をしないことで、得られること

 生きていれば、無理をしてでもやらねばいけないことは、たくさんあります。私はそれを「止めてしまいましょう」と言っているわけではありません。そうではなく、「心に引っかかることは、ストップする勇気を持ちましょう」と言っているのです。出来ないと思うことはやらない勇気、気持ちが乗らない時にはひとりでいる選択が出来る勇気、しんどいと思う人とは付き合わない勇気。そして、大丈夫じゃないことを受け入れない勇気。これらは全部、大切なことです。

 あなたは、いつでも「大丈夫」でいる必要はないのです。無理をしなくなると、人生にゆっくりできる余白ができます。すると、ゆっくり歩くからこそ見える「人生の一面」を眺めることも出来るようになるものです。無理をしないこと、大丈夫ではない自分を受容することで得られる最大もの。それは、本当の自分を取り戻していく時間です。自分の年齢、自分を取り巻く環境、現状に歩幅を合わせて「自分らしくいることの意味」を考えることもまた人生の醍醐味なのだということを忘れないでおきましょう。

 

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