これから人生の半分を生きる、すべての妹たちへ

女性の私たちが、次の世代に手渡せるもの

 関西学院大学内に「ジェネラティビティ研究センター」が創設されたのは2020年、センター所長は、同大学の教授で数学者の井垣伸子さんです。そんな井垣さんにとって、2022年は長い教授人生の最後の1年。キャリアの集大成として、ジェネラティビティ研究センター編纂の一冊の本、『50代からの生き方のカタチ——妹たちへ』を来たる6月29日に出版されます。

 ひとりの女性として人生を切り開いてきた先人たち12人をインタビューした同書は、これから人生の残りの半分を生きる『Go Women, Go!』世代の女性に手渡したいメッセージをたくさん詰め込んだ、とてもパワフルな一冊です。

 井垣さんはなぜ、この書籍を出版したのでしょうか? また、この本に言葉を寄せてくださった「姉」たちから、「妹世代」の私たちは何を学ぶべきでしょうか? 私たち女性が次世代に手渡せるものについて、井垣さんの人生の物語を伺いながら、一緒に考えてみたいと思います。

ジェネラティビティ(次世代継承)が大切な理由

Q: 井垣さんが設立された、ジェネラティビティ研究センターとは、どんなことを研究する機関なのですか?

 ジェネラティビティというのは、もとは心理用語なんです。アメリカの発達心理学者・精神分析家として活躍したエリク・ホーンブルガー・エリクソン(Erik Homburger Erikson)が生んだ造語で、Generate(生み出す)とGeneration(世代)を掛け合わせ、「次世代が価値を生み出す行為に積極的に関わっていくこと」を意味します。

 このセンターのミッションは、次世代に希望ある未来を残すこと。特に人生の折り返しに差し掛かった壮年期を迎えた大人たちが、「後悔のない人生を送るにはどうすべきか?」ということや、「私たちがどのように努力すれば、次世代を担う若者たちが希望ある未来を手にすることができるのか?」という課題を、社会に問いかける役割を果たしたいと思っています。そのために様々な調査を行い、論文を発表したりするとともに、研究所と一般の皆さんをつなぐため『ジェネラティビティ・ラボ』というウェブサイトを立ち上げて、広く情報を発信しています。

Q:数学者である井垣さんが、なぜ「次世代継承」に興味をもったのでしょう?

 数学って結構、奥深い学問なんですよ(笑)。中学校や高校で習う数学とは、ちょっとイメージが違う研究エリアも数学にはたくさんあるのですが、私の専門のひとつに「意思決定科学」というものがあるんです。

 私は「人生100年時代」といわれる昨今、経済効率を求めすぎて行き詰まっている社会を根底から見直す必要があるのではと、常に思ってきました。そして、その見直しには、私たちひとりひとりが「次世代に何を継承するか」という視点が大事だな、と。多様化する個人の意思決定をサポートする意味でのジェネラティビティを、世の中に提示できたら、と思ったんです。

 たまたまそんな思いを何かの形にしたいと考えていた際に、この『Go Women, Go!』でも記事を書いているアメリカ在住の友人、グッドイヤー・ジュンコさんが、アメリカで次世代継承活動をされていることを知ったんです。アメリカの事例を聞くうちに、「次の世代のことを考えながら生きる」という大人としての責任は、世界共通だということをますます確信するようになりました。私たちの想いに賛同してくれる研究仲間の後押しもあり、最終的に大学で研究所を立上げるに至りました。

書籍をカタチに。がんばる女性の背中を「そっと」押したい

Q:『50代からの生き方のカタチ——妹たちへ』はどんな経緯で生まれたのですか?

 私の所属が、関西学院大学総合政策学部・メディア情報学科ということもあり、研究所を立ち上げた当初から「情報発信」を取り組みのひとつに入れていました。先に述べたウェブサイトはその中核にありますが、「私たちの取り組みを伝えるターゲットは、どの層にすべきか。どの層が人生により悩みを抱えているか」ということは常に議題にあがっていました。その中で大きかった声のひとつが「壮年期の女性の人生の大変さ」だったんです。

 次世代継承は、言うまでもなく人類全体の課題です。しかし、それとは別に「がんばる女性たちに、具体的に手渡せる何かを残せたら」と、思うようになりました。まさか書籍に出来るとは思っていませんでしたが、議論をすればするほど「一冊の本として形にしよう」という思いが募るようになりました。

 その思いを周囲に話してみたら、とんとん拍子に書籍にメッセージを寄せて下さる人が集まり、出版社が賛同してくれて形になることが決まったんですよ。ある意味、奇跡の連続によって書籍化できたのだと思っています。

Q:同書はどんな内容なのでしょうか?

 繰り返しになりますが、壮年期の女性の人生って、本当に大変だと思うんです。自分が望む、望まないに関わらず、「女性であるということ」という暗黙のプレッシャーによって、「受動的に運命を受け入れ続けなければいけない」ことも未だ多いでしょうし。家庭のこと、働くこと、子育て、親の介護、それに加えて自分の将来のこと。息つく暇もないほど、大変な思いをされている人がたくさんいらっしゃる。誰かのために時間を使い続け、気づけば誰よりもがんばっている自分自身のことが一番、後回しになってしまう。

 まずは、そんな女性たちに寄り添うメッセージを打ち出せたら、と思ったんです。この本では12人の人生の先輩、つまり私たちにとっての「姉たち」が、世代の間で孤軍奮闘している50代の女性たちに向けて、自分の人生の物語を伝えてくれました。ヘア&メイクアップアーティストの小林照子さんや、断捨離のやましたひでこさんをはじめとする錚々たる姉たちが、この企画に賛同してくださったことには感謝しかありません。

 どの方の人生も壮絶で美しいんですよ。そして、そこには私たちが学べる何かがたくさんある。姉たちの人生から、妹たちが自分の人生に必要なヒントが得られるような内容になっていると思っています。

中村先生
『50代からの生き方のカタチ——妹たちへ』に登場する12人の姉たちのおひとり、
JT生命誌研究館名誉館長の中村桂子さんを撮影中の井垣教授

Q:同書を編纂する過程で大切にされたことを教えて下さい。

 12人の「姉たち」の人生は、多種多様。それがいいんです。どんな人生を選んでもいいし、どんな人生も素晴らしいんです。戦争を経験した女性たち、今よりもずっと旧態依然とした社会の中で自分を諦めず何かを成し遂げた女性たち。そんな人たちが「そっと妹たちの背中を押すような、あたたかな作品にすること」を意識して、本の編纂を行いました。

 それと12人の「姉たち」の全員のもとに足を運べたことや、教授生活の傍らずっと続けていた写真家としての活動を活かして、同書の撮影を担当できたことは本当に役得でした(笑)。このように意味あるメッセージを次世代に残せる喜びは、何ものにも代えがたいものがあります。

『50代からの生き方のカタチ——妹たちへ』に登場される12人の姉たちのおひとり、
翻訳家の山川亜希子さんを撮影中の井垣教授

すべての「妹たちへ」伝えたいメッセージ

Q:ひとりの「女性」として、井垣さんはどんな人生を歩いてきたのでしょう? ご結婚やお子さんを持つことを選択されなかったようですが。

 独身なのは、それを貫きたかったからという訳ではないんです(笑)。結果的に独身でいるものの、だからといって何かを失ったとか、得られなかったという感覚もないんです。そう思えるのは、「好きなことを気が済むまでやった」という自負があるからかもしれません。

 結婚しなかったことにも、子供を持たなかったことにも後悔はありません。大学を定年退職する直前に「次世代に何かを残す」という、残りの人生を捧げられるような大きなミッションも見つかりました。このミッションは自分が選択した人生を経なければ、恐らく得られることはなかったと思います。だから、私はとても幸せなんですよ。

 自分の子供ではないかもしれないけれど、多くの学生たちの人生の一部に関われたことも大きな喜びです。そしてそれが、私がこの世に生まれた「役割」なんだとも思っています。

関西学院大学の井垣ゼミ、4年生の学生たちと

Q:同書でいう「妹世代」である私たちは、いろいろなことに悩むことが多い年代でもあります。そんな私たちに、井垣さんは何を伝えたいですか?

 女性にとって、とても大切なのは「自分を解放する」という選択があることを知ることだと思います。世の中の常識や暗黙のルール、周囲の期待に縛られ続けるだけでは、幸せはやってきません。

 先日、「自分が親から許されずに好きなことをやらせてもらえなかったから、自分の娘には好きなことをやらせてあげたい」と言った女性に出会って、素敵だなと思いました。次の世代に、自分が苦しんだのと同様の痛みを与えないで欲しいし、自分をどんどん解放してあげてほしい。一人でも多くの女性たちが、やりたいことをやって、なりたい自分になって欲しいと感じています。

 私は最近、「気が済む」というキーワードを重要視しています。私自身、研究者として大好きな数学に気が済むまで没頭する人生を送ったわけですが、これは豊かな人生を送るには欠かせないことだと感じます。

 私が妹世代のみなさんに問いたいのは、「あなたは気が済むまで、何かをやり切ったことはありますか?」ということ。今回、出版した本に登場する12人の姉たちは、ある意味、「気が済むまで何かをやりきった人」だと思いますが、みなさんも思う存分、「気が済むまで」何かに取り組んで欲しいと願います。

 それは、なにも壮大な事である必要はないんですよ。趣味の世界をとことん気が済むまで突き詰めることも素敵だし、主婦として気が済むまで家族を支え抜くことを選択することも大事。それぞれが、それぞれの「気が済む」を見つけることで、どんな人の人生にも自分らしい彩りが生まれるのだと信じています。

Q:最後に、この企画には「ミライを創る情熱」というタイトルがついています。井垣さんを支えている情熱の源泉はなんですか?

 自分が愛すること、愛するものをちゃんと「愛する」ということかな。私は自分がこの世に生まれたことや、自分が選択した人生すべてを愛しています。そして、自分が手にした愛を、次の世代のために繋いでいきたいんです。生きていれば当然、辛いことも、悲しいこともありますが、どんなことが起きても私は人生を肯定し、それを愛したい。愛がすべてなんです。

井垣伸子さん プロフィール

 津田塾大学大学院数学専攻博士課程修了後、名古屋工業大学大学院にて博士号を取得。名古屋商科大学助教授、帝塚山大学教授を経て、2002年より関西学院大学教授。研究領域は、主に確率過程の理論と応用。なかでも待ち行列理論(Queueing Theory)に特化している。同大学では、微積分や線形代数などの基礎数学の他に、意思決定科学などの応用数学も教えている。

 2020年より関西学院大学内に「ジェネラティビティ研究センター」を立ち上げ、センター長として、次世代継承の活動にも取り組んでいる。

50代からの生き方のカタチ ——妹たちへ —— (関西学院大学ジェネラティビティ研究所 編纂)

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