専門性を磨き続け、好きなことにたどりつく

マーケティングを軸に広がる活躍のフィールド

 「このオムライス、“ふわとろ“で美味しい」「生地が“もちもち”」「外側は“サクサク”、中はしっとり」——  料理やお菓子の美味しさを表現する時に、なくてはならないオノマトペ(擬音語・擬態語)の数々。マーケティングや広告の世界では、これら五感を刺激し、食欲や購買意欲をそそる言葉を「シズルワード」と呼びます。

 そんなシズルワードのトレンドを研究したり、「マーケティング・リサーチ」を軸に様々な分野の商品開発や広告などに関わってきた汲田亜紀子さん。現在はマーケティングのお仕事に加え、「食やエンターテイメントに関するコラム」の執筆や「メディアや映像コンテンツ」の分析・評論など多岐にわたって活躍され、大学で教鞭もとられています。GWG世代の彼女に、お仕事の内容や現在に至る経緯、生き方についてお話を伺いました。

生活者の声をカタチにする仕事

編集部:ひとことで「マーケティング」と言っても、いろんな仕事があると思いますが、汲田さんが専門とされている「マーケティング・リサーチ」とは、どのようなお仕事なのでしょう? 

 マーケティング・リサーチには様々な手法がある中で、私は「生活者にインタビューして、本音や潜在ニーズを引き出し、それを商品や広告に繋げる」という仕事を長年してきました。

 たとえば、シャンプーの新製品の試作品を消費者に使ってもらい、その感想をいろいろな角度から聞き出して魅力的なコンセプトに仕上げたり、売れ行き不振の商品について、その理由を消費者から聞き出して改善方向を提案したり。インタビューの形式は、1対1の対面で行う「デプス・インタビュー」や、5~8人の座談会による「フォーカスグループ・インタビュー」などがあります。そのときどきのテーマや形式によって、様々なテクニックがありますが、いかに「生活者のホンネに迫れるか」がポイントになります。ジャンルは、身の回りにある食品・飲料・日雑品からTV番組、革新的な新サービスまで、ありとあらゆるものを扱ってきましたが、常にインタビュー・分析における専門性を追求し続けてきました。

編集部:人の本音を引き出す仕事、なんだか楽しそうですね。

 そうですね、とてもおもしろい仕事だと思います。クライアントの課題解決に貢献し満足いただけた時の嬉しさ、生活者の声が活かされた商品やサービスが世の中に出ていく醍醐味、そして生活者の声は自分自身にとっても気づきや発見があります。

編集部:とは言え仕事ですから、楽しいだけではありませんよね。どんなことが特に大変ですか?

 毎回、扱うジャンルも課題もテーマも異なるので、その都度、当該商品のことや競合商品、市場トレンドを熟知しておく必要があります。ですから一回一回、事前にしっかり情報取集するのはもちろんのこと、その商品やサービスを実際に触れて使ってみたりします。アプリのサービスがテーマだとすると、ダウンロードして一旦契約して使いこなしてからインタビューに臨んだりもします。おそらくご想像以上に手間と時間がかかる仕事です。でも、そのおかげで自ずと「時代の変化や消費トレンド」へのアンテナが高くなることも、この仕事の面白いところです。

思わずゴクリ! 食事の描写がたまらない

編集部:ご著書に『SIZZLE WORD』『ふわとろ』というタイトルの本がありますが、これらの本を出版した経緯を教えてください。

 B・M・FTという会社が長年「おいしいを感じる言葉(SIZZLE WORD)」の研究調査を実施していて、そのデータを時系列分析したレポートをまとめて書籍化するときに、共著者として参加しました。その本の編集にあたって、単なる調査報告書ではなく「ちょっと違う角度からおいしいを考察する読み物」があった方が良いのではということになり、私が「食シーンの描写が印象的な小説や映画」のコラムを書くことになったんです。その後、出版がシリーズ化し、『ふわとろ』もそのうちの一冊です。

汲田亜紀子さん。時代の変化や消費トレンドがわかるご著書の数々

編集部:なるほど。それが今のdancyu Webでの人気連載「シネマとドラマのおいしい小噺」に繋がっているのですか? 

 その通りです。これらの本がきっかけで、紙の雑誌dancyuの連載コラム「注文の多い映画館」を執筆することになり、それに続いて今はdancyu Webの「シネマとドラマのおいしい小噺」の連載を書いています。私は学生の頃から音楽や映画などのエンターテイメント、いわゆる「カルチャーもの」がとても好きで、かつては「ぴあ総研」というシンクタンクに勤めていました。また料理や食にもずっと興味をもってきたので、このコラムのお仕事をいただいた時には、いろいろな糸がひとつに結ばれた感じで、とても嬉しく思いました。

編集部:このコラムを読むと、紹介されている映画やドラマを観てみたいという気持ちになるのはもちろん、その料理を食べたくてたまらない飢餓感に襲われます(笑)。

 そう思っていただけるのは本望ですし、きっとそれは私が食いしん坊だからでしょうね(笑)。映画やドラマでそこに登場する食シーンが、作家や監督がその作品に込めたメッセージを強烈に印象付けることがある。そんな食シーンの描写が脳裏に焼き付いて離れないという体験は、誰もがしていると思います。

編集部:マーケティング専門家というだけでなく、コラムニストとしても活躍されているのは、意図して計画された結果ですか?

 いえいえ、そうではないんです。これまで基本的に「出会ったお仕事のご縁を大切にする」というスタンスで、ずっとマーケティングの仕事を続けてきました。その積み重ねの結果、ご一緒した様々な方との人的ネットワークができ、そういった方々を通じて、自分の好きなジャンルの仕事をオファーいただけるようになってきた、という感じです。若い時から「いつか、このジャンルの仕事をしたい」と思っていたことが、ふと気づくとそこにたどり着いていた、と言った方がよいかもしれません。ご縁を繋いでくれた方々には、心より感謝の気持ちでいっぱいです。

カルチャーへの愛情と感謝が原動力

編集部:ここ数年は大学で、メディア論やエンターテイメントのマーケティングの教鞭もとっていらっしゃいますね。

 自分が若い時はアウトプットよりもインプット志向だったので、「先生にだけはならない」と思っていました。そんな私が、若い人たちに教える立場になるとは想像もしていませんでしたが、これもかつて一緒にお仕事をさせていただいた尊敬する経営コンサルタントの先輩が繋いでくださったご縁なんです。映画や音楽のヒット作の分析、その広告・マーケティング手法の考察などから、メディアの役割や歴史的変遷などを教えています。

編集部:教育という分野のお仕事に携わってみて、思うことは?

 教育は結果が出るまでに長い時間がかかるので、マーケティングのように短期決戦ですぐに何かを「実証」することはできませんが、夢を抱かせてくれる仕事ですね。次世代へ未来を託す希望を感じます。私が教えたことを学生たちがひとことでも憶えてくれていて、いつかそこから生きる元気を得るかもしれない、と妄想したり(笑)。

編集部:若い人たちに何を伝えたいですか?

 50代になりキャリアも軌道にのり、より望んでいた仕事への道が開けてきて、それなりに生活を楽しめています。ですが、どこかに「やり残した感」がありました。それは、次世代に自分がしてきたことや学んだことをしっかり継承していないという「やり残した感」なのかもしれません。

 それが、大学で教え始めて変わりました。学生たちがかわいくて仕方がない(笑)。「私にも、そういう気持ちがあったんだ」ということに救われたというか、なんだか、すごく報われた感じがしたんですよね。しかも自分が学生時代に刺激を受け、助けられてきた映画や音楽など、カルチャーに関することを教えられることにも大きな意味を感じます。

編集部:最後に、この企画には「ミライを創る情熱」というタイトルがついています。汲田さんを支えている情熱の源泉はなんですか?

 いい映画や素敵な音楽に出会ったときに「生きていてよかった」と実感させられたことが何度もあり、それらを通していろんなことを教えてもらってきたので、カルチャーに恩返しがしたいんです。だから、それができる仕事をがんばって続けていきたいですね。

汲田亜紀子さん プロフィール

 慶應義塾大学卒業後、花王に入社。日本総研、ぴあ総研を経て独立。「生活者の定性調査」をベースにした広告・商品開発などのマーケティング、テレビ番組、メディア・コンテンツの分析などを手掛ける。なかでも得意分野は食と映像メディア。加えて「食とカルチャーに関する連載コラム」の執筆や、放送批評懇談会において「ギャラクシー賞CM選奨委員」を務める(2022年現在)。また、大学でメディア論やエンターテイメントのマーケティングの教鞭もとっている。

sizzle word 2018 シズルワードの現在 「おいしいを感じる言葉」調査報告 2018改訂

ふわとろ SIZZLE WORD 「おいしい」言葉の使い方

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