「勝ち負け思考」では対応できない、多様な世の中

 「勝つか負けるか」、「正義なのか悪なのか」、「正しいか正しくないか」
 これらは何か物事に取り組む際に、多くの場面で出てくる言葉です。こうした「勝ち負け思考」はとても一般的だし、当然のことながら人は何かに取り組む際、勝つこと、正義だと思えること、正しいことを目指します。

 それはとても素敵なことだし、意味もあることかもしれません。けれど、世の中で起こるすべてのことを、この「勝ち負け思考」に当てはまめることは出来ません。その時は「勝った」と思ったことが、後から想像もしなかった結果を生むことはよくあることだからです。また、そもそも人生は長いので、その場の勝ち負けの結果は、それがどんなに大きな勝負であっても、長い目で見たら人生における「点」にしかなり得ないからです。

 しかも、世界がこれだけ「多様化」している現代社会においては、モノの考え方や価値観そのものも多様化していると言えます。ですから、「誰かの正義は誰かにとっては悪」となることも、頻繁に起こり得ます。物事は俯瞰してみなければ、何が正解なのかは見えてこない……。いまの時代に勝つこと以上に必要なのは、応用力や、違う価値観を持つ人を理解しようとする姿勢なのかもしれません。

頑張る人は、素敵だが……

 また、「勝ち負け思考」を語る際に、一緒に考えたいのが「頑張ること」についてです。一般的に「継続すること」は美徳とされることが多いと思います。一度始めたこと、一度決めたこと、自分が貫きたい美学を持ち続けることも素敵なことです。自分が定めたゴールに向けて、それが出来るまで頑張ること、苦しくても前に進むことも大切なことでしょう。けれど、どうしても上手くいかないことや、第三者が絡んでいて、自分の意志だけではどう頑張っても無理がある話に立ち向かう際、人はどの時点まで努力し続けたらよいでしょう?

 頑張る人は、素敵です。けれど、どうにもこうにも行かない際、あえてストップをかけてみることも必要なことだと思います。先ほど「勝ったと思ったことが、後から想像もつかない結果を生むこともある」とお話ししましたが、それが事実であるならば、頑張り続けることだけが正解ではないと考えても良いと思うのです。

その場から逃げることは、人生から逃げることではない

 様々な困難を抱えて悩んでいる方々にお伝えしたいこと。それは、その場から逃げることが、必ずしも人生から逃げることとはイコールにはならない、ということです。「頑張ること」や「結果を出すこと」、「勝負に勝つこと」に対してこだわり過ぎてしまうと、近視眼的になり大事なものを見失うこともあります。

 人生は長い旅ですから、ときには「負ける勝ち」でもいいということを、どうか思い出してください。苦しかったら自分を守るために逃げることは、「人生の逃げ」では必ずしもありません。「世の中には、負けることによって、後から勝てることもある」、そう思える逃げ道を、どうか自ら断たないでください。

みなさんが今、無理やりに勝とうとしている勝負があるとするなら、少し深呼吸して自分に問いてみましょう。それは、本当に「勝つ」意味があるものですか? 「勇気ある撤退」があってもよいことを頭の隅に置くようにしませんか?

パスファインディング

この記事が気に入ったら
フォローしよう

最新情報をお届けします

Twitterでフォローしよう

おすすめの記事