愛犬たちが-教えてくれること

別れというギフト

 私は弟を2011年に亡くしました。まだ35歳だったのに突然の脳梗塞。2週間も昏睡状態のまま頑張りましたが、結局、意識が戻ることはありませんでした。

 すでに日本を離れていた私は当時、次女を妊娠していました。しかも重度悪阻(おそ)で食べ物をまったく受け付けられなくなり、文字通り自分自身が死にかけていました。点滴を打って生き延びている状態で、まともに真っすぐ立つことも出来ず、彼のお葬式に日本へ戻ることが出来ませんでした。

 弟の死を自分なりに消化するには、かなり長い時間がかかりました。泣きわめいて悲しみに暮れるということはなかったのですが、「なぜ若くして、彼は旅立たねばならなかったのだろう?」ということや、「年老いた母をひとり置いて、どうして行ってしまったのか?」など、浮かんでは消える人生の理不尽さについて、今でも時折考えます。

 その間、ほかにも親しかった友人が亡くなったり、愛犬が亡くなったりと、自分が愛した人たちが天へと戻っていきましたが、そんな悲しいことが起こるたびに思い出す話があります。それは「別れ」というギフトの物語です。

犬が教えてくれること

 最初に申し上げたいことなのですが、このローマの話は、史実に基づいたものかどうかは分かりません。子供の頃、はじめて犬を飼った時に、亡くなる直前まで短歌を書いていたほど創作好きだった祖母が話してくれた物語なので、もしかしたら作り話かもしれません。けれど深く私の中に残っている、特別なものです。


 古代ローマからの言い伝えに、「子供が生まれると、子供のパートナーとして仔犬を家に迎えた」というものがある。共に遊び、駆け回り、子供と仔犬は共に成長する。子供にとって犬は、この世で出会う最初の「ともだち」になる。

 やがて子供は犬以外にも関心ごとが出来て、犬と遊ばない日も出てくる。いつも一緒にいる存在が当たり前になると、じゃれつく犬が面倒になる日も出てくるだろう。それでも犬は無条件で子供を愛し続ける。追い払っても尻尾を振る。どんなに無視をしても、そっと横に寄り添ってくることもある。

 子供は犬に様々な感情を抱きながら、そこから大きな愛の意味を学ぶ。犬との日常の小さな出来事から、子供は確実に「人生」を学んでいくのだ。

 しかし、犬は自分がいつの日か子供の「ともだち」としての役目を終える日が来ることを知っている。子供とは違うスピードで老いていく犬。子供が10代に入り、一人前に何でもできるようになると、犬は安堵の時を迎える……

「もう安心。あなたはひとりで自分の人生を生きていける」

 犬が子供に最後に手渡すギフト、それは「命は限りがあるからこそ、素晴らしい」という真実を残すこと。自分がこの世を去ることで、子供たちに「かけがえのない存在を失うという悲しみ」、そして「命の尊さ」を教えると、犬たちは元いた場所へ戻っていく。たくましく成長したパートナーを誇りに思いながら……

別れは無条件の愛を学ぶ機会

 生きていれば、さまざまなことがあります。若い頃には考えもしなかっただろう「死」という別れについても、これから多くを経験していくことになるでしょう。しかし、そんな別れがあるからこそ、人は無条件の愛を学べるのだとも思います。

 そう考えられると今みなさんの目の前にいる人たちは、「この世で出会えた奇跡」ということが分かります。生きていればさまざまなことが起こりますから、それがどんなに大事な人であっても、時に相手に腹を立てたり、分かり合えず傷つけ合うこともあるかもしれません。

 しかし、かけがえのない人との時間は、前にしか進みません。いつかは必ず、別れが訪れます。命の美しさ、尊さ、儚さ。普段、意識することは少ないかもしれませんが、人がこの世にいられる時間は、実はほんの「束の間」です。自分の目の前にいる人たちとの間で、何か上手く行かないことがあるような時ほど、彼らがあなたの人生の「奇跡」のひとつであることを、どうか思い出して下さい。

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