春夏秋冬の物語:世界で一番素敵な贈り物

年末に向けて街が賑わいだすと、思い出す「ものがたり」

 誰にでも、「人生を変えるような出会い」があるでしょうが、私には街が年末に向けて賑わう季節になると必ず思い出す人がいます。もう二度と会うことができない「そのひと」は、今も私の心の中で満面の笑みを浮かべ、生き続けています。

 彼の名前はケン・マーフィー。カナダで仕事をしていた時の友人です。私が出会った時に彼はすでにALS(筋萎縮性側索硬化症)を患っており、かすかに動く左手で食事をするのがやっとでした。自由が失われていくことを嘆き悲しんで、よく妻のマデリンに当たり散らしていました。友達を呼んで食事会をしている最中でも、マデリンに怒鳴ったり、聞くに堪えない悪態をつくこともあり、それを見ている第三者の私たちは、どうして良いのか分からずオロオロするばかりでした。

 しかし、そんな時でもマデリンは顔色ひとつ変えず、微笑みを絶やしませんでした。どんなに怒鳴られても、怒鳴り返したり、泣き叫ぶことも皆無。そして、ケンの怒りが収まるまでの間、彼をただ静かに抱きしめていました。もしも天使が存在するならば、マデリンのような人なのだろうと、当時はよく思ったものです。

 私はマデリンが大好きでしたが、ケンが怒り出すのは苦手でした。そんなケンがある時、急に人が変わったように穏やかになったのです。

穏やかに変わった、ケンが教えてくれたこと

 それはちょっと早めのクリスマスをみんなで楽しんだ時のことでした。友達10人ほどがケンとマデリンの家に集まり、ワインを開けて乾杯しようとした時、ケンが「ちょっと話を聞いて欲しい」と言って、静かに自分の気持ちを話し出したのです。

僕が難病に侵されたと知ったとき、自分の人生は終わったと思った。
一生、日の当たらない暗闇の中で、自分にはもう、いかなる幸せも来ないと思った。

だから春が来て、みんながピクニックの話をするのが辛かった。
自分には美しい花も目に入らず、春は来ないと思っていたから。

僕は夏が嫌いだった。どんなに日差しが眩しく美しく、水辺を歩きたいと思っても
僕にはそれが叶うことはないのだから。

秋は特に最低だった。紅葉は美しいかもしれないけれど、枯れて木々から落ちる葉は
まるで僕の人生だと感じたからだ。しかも憂うつな冬が、すぐに来る。僕にぴったりの
陰気な冬が目の前なんて、本当に悪夢でしかなかった。

けれど冬がやって来た時、何かが変わったんだ。窓から一面見える銀世界に圧倒されて。
僕は思ったんだ。「なんて、美しいんだろう」と。

僕は今まで間違っていた。人生に冬があったとしても、それは捨てたものでは
ないんだ。そんな風に思えたら、春の花々も、夏の日差しも、秋の色どりも
美しいと思えるようになったんだ。

しかも、僕にはマデリンがいる。本当は自分は何も失っていない。
僕は何か特別なことはしてあげられないけれど、マデリン、そしてみんなと、
こんな風に年末を祝えるのは、最高な気分だよ。

 彼の話が終わる頃には、その場にいた私たちはみんな泣いていました。

人生で一番素敵なクリスマス・プレゼント

 その日以来、ケンが怒ることはなくなりました。自分の運命に絶望することなく、何ひとつ愚痴も言わず、嘆くこともなくなりました。マデリンともニコニコしながらおしゃべりをし、私たちにもいつも優しい言葉をかけてくれました。病が進行して、言葉を発することが出来なくなってからも、彼はいつもマデリンに微笑み返しているかのように見えました。

 あの年のクリスマス・パーティーの席で、彼が語ってくれた「春夏秋冬の物語」は、私の人生で最も想い出に残る、世界で一番素敵なクリスマスの贈り物です。そして毎年、息が白くなる季節がくるたびに、私の心を温かくしてくれます。

 今朝は、私が住んでいるアメリカの南部テキサスでも肌寒く、息が少し白くなりました。そんな白い吐息を眺めながら、私はとてもケンが恋しいです。ケン、そちらでは楽しく過ごしていますか?

― 四季の本当の素晴らしさを教えてくれた亡き友へ ―

パスファインディング

おすすめ記事