あえて「言葉にすること」の大切さ

空気を読む、以心伝心の罠

 日本には「空気を読む」とか「以心伝心」という言葉がありますが、こうした言葉が生まれたのは、日本ならではの文化背景によるものかもしれません。

 たとえば私は今アメリカに住んでいますが、アメリカ人には「状況を察すること」が苦手な人が多く、かなり言い難いことでも明確に言語化しなければ理解してもらえないことが多々あります。

 「見ていれば分かることなのだから、言いにくいことを敢えて言わせないで欲しい」と思う反面、アメリカ式に「言葉にした方が良い場合もある」と気づいたこともあります。それは、「言葉にしない優しさ」や、「言葉にしないでも伝わる気楽さ」などです。

 日本に帰国するたびに心地よいと思う、日本の「おもてなし」。これは「相手を察する」ことなしには成立しません。とはいえ「自分」以外は「全員他人」という当たり前のことを前提にして考えれば、あえて「言葉にする」ことなしには伝わらないことも多々あります。

 「空気を読むこと」や「以心伝心」を必要以上に過信することには、思わぬ罠があるかもしれません。

飲み込むべきではない、短い言葉

 普段から「当たり前だと思っていること」や、「分かっているから言わなくていい」と思うことの中でも、「声に出した方が良いこと」もあると思います。しかも親しい間柄や家族なら尚更です。

 たとえば皆さんは、親しい人たちに言うべき「ごめんね」や、「いつもありがとう」という言葉を、飲みこんではいませんか? 相手への労いの気持ちや感謝、反省など、本来ならばきちんと伝えるべきことを、言葉にせずに済ませてはいませんか? もしも心当たりがあるならば、それをあえて言葉にしてみて下さい。

人を幸せにすることは、実はとてもシンプル

 人を幸せにすることは、実はとてもシンプルです。高価なプレゼントを買ったり、特別なことをするよりも大切なことは、「自分の気持ちをオープンに表現すること」。普段はなかなか言えない「大切なひとこと」を「大切なあの人へ」伝えてみましょう。

 誰かを幸せにするための、ほんの少しの「ひとこと」を大切に出来れば、その相手だけでなく、自分も幸せな気持ちになれるものです。これは人生を美しく楽しくする、とても簡単な秘訣。あなたも心の片隅に、このことを覚えておきましょう。

パスファインディング

おすすめ記事