その本気は「本物」ですか?

「本気」になっていること、ありますか?

  突然ですが、みなさんには今、何か本気になって取り組んでいることはありますか? 

 「本気で勉強してXXXXの資格を取得をしたい」
 「本気でがんばって、営業成績を上げたい」
 「本気で努力し作家になりたい」
 「本気であの人と結婚して幸せになりたい」

 など、いろいろありますよね。「今は本気になれるようなものはないなぁ」という場合でも、これまで何度かは、「あの時は本気だった」と思うような経験を、どんな方でもされているとも思います。

 本気、本気、本気……。でも、それらの「本気」は、人それぞれみんな違う「本気」。そして、どのくらい真剣にその言葉を発しているのかも、人によって異なります。

荻原健司さんの発言で、その言葉の重みを思い知る

 「本気」という言葉はともすると、その意味の重さとは裏腹に、結構簡単に使えてしまう言葉なのかもしれません。結果的に本気にはなれないようなことや、心のどこかで「うーん、頑張れないかもしれないなぁ」などと思っていても、「私、本気です」的なことは、意外に平気で言えてしまうもの。けれど、そういう言葉を使う時こそ、本当は真剣に自分自身に何かを問うべきタイミングなのかもしれません。

 私は日本で会社を経営していた際、たくさんのアスリートの皆さんと仕事をする機会がありました。プロスポーツやオリンピック選手と話すことも多く、そんな時に「うわ、そんなこと考えたことはなかった!」と思うような場面にも、たくさん出くわしました。普通の人ではとても真似できないような超人的な努力、そして自分を律していく力。彼らの残した結果というのは、紛れもなく修練のたまものであり、その経験を語ってくれる彼らの言葉の中には、永遠に忘れるべきではないだろう「深い気づき」を与えてくれるものも多くありました。(いま考えるとスゴイ役得ですよね、笑)。

 そんな中でも、「これは生涯、自分も問い続けよう」と思うような言葉に出会ったことがあります。それは、冬季オリンピックでメダリストとなり、その後、政治の世界でもご活躍された荻原健司さんの言葉。テレビでも馴染みのある方も多いはずですが、実際にお会いすると笑顔が大変清々しく、お話も楽しく、「ああ、本当にカリスマがある人というのは、こういう人のことを言うんだな」と感じたことをよく覚えています。その場にいるすべての人を、あっという間に不思議な幸福感で包んでしまうような魅力の持ち主でした。

 その彼が言ったこと。それが「その本気は本物か」というものでした。人は簡単に「本気」と言いますが、それが「本物」かどうかは、確かに別問題。自分が「本気だ」と発言してきた時に、私個人は「自分の言葉に嘘はないか」を考えたことなどなかったので、この言葉のもつ「魂」に触れたような気持ちになり、頭を雷で撃たれたほどの衝撃を受けました。そして、それ以降は「自分の発する言葉通りに生きていきたい」と思うようになりました。

夢とは自らの努力と情熱によって「叶えるもの」

 多くの人は「こんな風に生きていきたい」、「こんな人生にしていきたい」というような夢や希望を少なからず持っていると思います。また、人生の折り返しを過ぎればなおさら、その後の人生も何か目標を持って生きることは大切だと思うし、美しいことだとも思います。

 しかし素晴らしい夢があっても、壮大な目標があっても、それを具現化できる人と、そうでない人がいます。そこにある差こそが、もしかしたら「本物の本気があるかないか」なのかな、と思うのです。

 夢とは自らの努力と情熱によって「叶えるもの」です。毎日努力し、一歩一歩前進。時に転んでも、泥だらけになっても。 本気とはともすると「カッコ悪い自分」を受容し、みっともない姿を隠さず、それでも自分を信じ続けることなのかもしれません。そしてどんな自分であっても、「ありのままの自分」を信じることが出来る状態になると、人の幸福感は必ず満たされた状態になるとも思います。

 40代以降に差し掛かり、これから続く半分の人生の中で、もう一度何か「本気」になることを持つことは、誰にとっても大切こと。そして、それはとても素敵なことだと思います。 少なくとも私は、泥臭い、汗臭い「本気」を大切にしながら、生きていけたらいいなと思っています。

 あなたには今、本気になれることはありますか?
もしそうなら、あなたのその本気は「本物」ですか?

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