カサンドラたちの夜明け#03

自分勝手な夫が「アスペルガー」だと分かったとき

 夫や同居相手などパートナーとの人間関係において、心穏やかな愛を育むことが出来ず、理不尽や不条理な状況に追い込まれ、社会からも理解してもらえないことに苦しむ「カサンドラ症候群」。この問題にフォーカスをあてたシリーズ『カサンドラたちの夜明け』の第3回目は、長年悩まされた夫の理不尽な態度が、アスペルガー症候群であることが原因だと知った女性のお話です。夫と向き合って人生を共に歩む決心をするに至るまでには、どんな葛藤があったのでしょうか?

カサンドラ症候群とアスペルガー症候群
カサンドラ症候群は、あらゆる対人関係において起きうるものの、パートナーがアスペルガー症候群である場合に起こることが圧倒的に多いと言われます。カサンドラ症候群とアスペルガーに関する情報は、こちらを参照にしてください。(監修:Dr.ニック、グッドイヤー・ジュンコ)

歪んだ自己愛の正体

  • 佐藤みかさん(47歳、仮名)
  • 婚姻期間:8年(同居)
  • 子供の有無:娘1人(8歳)
  • 現在の職業:小売店パート
  • パートナーの仕事:製造業エンジニア
  • パートナーのアスペルガー症候群検査有無:有(アスペルガー/高機能広汎性発達障害と診断)

質問:お二人が、結婚したきっかけを教えて下さい

 彼は大学時代の友人で、当時は私が彼に片思いをしていました。10年ほど前に開催された同窓会で再会して、お付き合いが始まったんです。私は結婚適齢期を過ぎていたので、憧れの彼が独身だと知って「これは行くしかない!」と、私から猛アタックしました(笑)。でも結婚にはなかなか踏み切ってもらえず、別れることも考えましたが、2年つきあったところで娘を妊娠し、結婚することが出来ました。

質問:夫とのコミュニケーションの難しさを意識するようになったのは?

 学生時代から寡黙で大人しい感じの人でしたので、この人となら「穏やかな生活」が望めるだろうと思いました。でも「寡黙で大人しい」というよりは、「他人に興味がない」という言い方が正しかったんです。アスペルガーの特徴のひとつですよね。

 彼は某精密機械製造会社でエンジニアですが、趣味の延長線上にあるのが今の仕事なので、とにかく仕事が好きで没頭すると何も見えなくなります。最初に私が違和感を感じたのは、彼との会話です。彼は一旦、仕事の話を始めると周囲が見えなくなるというか、私には理解できない専門的な内容にまで発展して話が止まらなくなるんです。しかも同じ話を何度も何度も繰り返す。そして、ようやく彼の長い話が終わって、私も自分の話を聞いてもらおうと何か話し出すと、私の話は全く聞いてくれません。聞いてくれないというより、聞いていないんですよ。ひどいときには無視されることもあり、結婚した当初は「何て自分勝手な人なのだろう」と憤りばかり感じていました。

質問:なぜ、彼がアスペルガー症候群だと思われたのですか?

 いつまで経っても私の話はまったく聞いてくれないし、家族の誕生日や記念日は覚えていないし、家族で外出することにも興味がないし、子供の育児にも参加しない。家族の一員としては問題だらけです。でも浮気をするわけでもなく、お金も家にきちんと入れてくれるので、周囲から見たら良い夫。だから私の親や友達に悩みを相談しても、「亭主元気で留守がいいって言うでしょう?」などと言われて、誰にも理解してもらえずに苦しみました。

 結婚3年目にとうとう心の中の悶々が爆発して、夫に「私を愛していないの?」と勇気を出して聞いたら、夫が大泣きしたんです。「僕は君のことも子供のことも大好きなのに、何でそんなことを聞くんだ」と。その夫の涙を見て、私は今までの不満を夫にすべて打ち明けたのですが、夫は私がなぜ不満に感じているのかとか、その不満の原因が自分であることが理解できていない様子だったんです。頭脳明晰な人なのに、こんな単純なことが分からないなんて、「何かおかしいのでは?」と、そのときに思いました。

 夫の様子から、夫なりに私と娘を大事に思っていることは信じることができましたが、その後も心はまったく通わないというか、心が繋がっていない感じがして。愛されているとか、大切にされているという感覚が全く持てませんでした。それが辛くて、いろんな本を片っ端から読んだら、自分とまったく同じような悩みを抱えた人の本に出会えたんです。それが、アスペルガー症候群を紹介した本でした。夫の歪んだ自己愛はアスペルガーが原因なんだと、その時、確信しました。

佐藤さんが読んだ本『旦那さんはアスペルガー』

心を閉じてしまった夫。離婚を考えた私。

質問:夫には、どうやって「アスペルガー症候群」の話をしたのですか?

 本に書かれていたアスペルガー症候群の特徴は、そのままそっくり夫を表すような内容でした。100%間違いないという確信があったので、勇気を出して彼にその本を渡したんです。彼はショックを受けていましたが、私が悩んでいることは知っていたので、途中で投げ出さずに最後までその本を読んで、「この本の主人公の旦那さん、僕とそっくりだよね」という感想まで言っていました。

 でも、私が「夫婦の関係を良くしていくために、専門医の診断を受けてコミュニケーションの方法を学んでいこう」と提案したら、それにはキレられました。怒鳴り散らして、「自分に何か欠陥があるなんて認めるのは嫌だ」と感情を爆発させたんです。彼が感情を表したのは、後にも先にもその時だけですが、温和な夫が人が変わったように怒鳴る様子を見て、ショックを受けました。それからしばらく夫は、いつも以上に自分のことだけに没頭するようになって、家族とは口もきかず、私と娘を無視するようになりました。あのときは本当に辛かったです。

質問:その状態はどのくらい続いたのですか?

 だいたい3カ月くらいです。その間は、私にとっては地獄のような苦しみでした。夫の怒鳴り声が頭から消えず、自分が夫を傷つけてしまったのではないかという罪悪感にも苦しみました。こんな状態では家庭生活の継続は無理だと思い、夫には私が傷つけたことを謝り、自分が身を引くので許して欲しいと伝えました。私はあなたを幸せに出来ないし、私もこのままでは幸せとは言えないので、離婚するのが一番だと思うと。

質問:彼はどんな反応を示しましたか?

 「しばらく考えさせてほしい」と言われました。幸か不幸か、私が離婚を切り出した直後に、夫は数週間の出張で海外に行ってしまいました。その間、私の頭の中には離婚の文字しかありませんでした。気持ちはすっかり離婚に傾き、それが最良とも思うようになっていながら、娘を抱えて、これからシングルマザーになることを考えると、怖くて死にたい気持ちにもなりました。

 でも人って、さんざん悩んでどん底まで落ちると、あとは這い上がるしかないですよね(苦笑)。悩みぬいた後に気持ちが吹っ切れて、「子供をちゃんと育てなくては!」と、パートの仕事を始めることにしたんです。彼が出張から帰ってきたときには、一人で生きていく覚悟が決まっていました。

「アスペルガー」を「個性」と捉えて

質問:そんな佐藤さんを見て、出張から戻った彼は何といいましたか?

 「自立して、ひとりで頑張って行けると思う。今までありがとう」と伝えると、夫は黙って私を抱きしめました。そして「いつまでもずっと一緒にいたい」と言ってくれたんです。彼との関係はいつも一方通行で、心が通う感覚は恋人時代にもなかったのですが、この時「彼は彼なりに私たちを愛してくれているんだ」と初めて思えたんです。彼も出張先でいろいろ考えたそうで、発達障害の専門医に一緒に行って、自分の状況や、何が足りないのかについても学んでみようと思うと言ってくれました。今思えば、この出張のおかげで私たちは離婚せずに済んだのだと思います。

質問:専門医の診断と、診断後に彼がどう変わったかを教えてください。

 まずは発達障害の情報支援センターに連絡して、専門医のいるクリニックを紹介してもらいました。診断結果は「高機能広汎性発達障 」。つまり、アスペルガー症候群でした。お医者様から彼の持つ困難の特徴や、どのように接していけば、私も彼も気持ちが折れずにいられるかなどについて指導していただきました。そのクリニックで出会った看護師さんが「アスペルガーは、その人の個性だと捉えるといいですよ」と言ってくれたんです。その言葉が、その後の危機を何度も救ってくれた気がします。

 イライラすることがあったり、心が通じていない虚しさを感じると、いつもこの看護師さんの言葉を思い出すようにしています。それから彼には過度に期待せず、ある程度の距離を保った関係の方が心地よいことも分かり、なんとかうまくやっていけるのではと思えるようになりました。私の意識が変わったことで、彼も無意識のうちに私や娘を傷つけているのでは?という不安がなくなったと言っています。

離婚しなかったことで、得られたもの

質問:離婚を選択しなかったことは、正解だったと思いますか?

 はい。私たち夫婦の場合は夫が自分の状況にも、私の状況にも向き合ってくれたことで離婚を避けることが出来ました。今でも、夫が自分のことだけに没頭したり、私たちに無関心になるときには傷つきますが、そういう人を選んだのは自分だし、彼と人生を共にしようと決めたのは私です。自分が選択した結果だから、後悔したくない。たまに辛くて泣き言を言いたくなることはあっても、私は自分の選択が正解だったと思えるように、自分の幸せを自分で築いていきたいと思っています。

質問:これから夫婦でどんな風に人生を歩いていきたいですか?

 夫婦は運命共同体と言いますが、本当にその通りだと思います。運命共同体とは良いことも、悪いことも共有していくことですから。夫との生活には難しいこともありますが、アスペルガーの診断を受けて以来、娘のことや私がどうしても聞いて欲しいことについては、彼もがんばって意識を向けてくれるようになりました。完ぺきとは言えないけれども、そもそも完璧な結婚なんて存在しないし、私たちは私たちなりの夫婦でいればいいのだと思っています。

 離婚しなかったことで私が得た最大のプラスは、自分自身を知れたことだと思います。悲しいこと、嬉しいこと、人生で優先したいこと、自分にとって大切なことは何かなど、自分の気持ちにこれだけ向き合うことが出来たのは、彼と結婚したからだと思っています。

あなたの悩みもカサンドラ?

 離婚はせず、夫の特性と向き合って生きていくことを選択して幸せだと話す、佐藤さん。彼女の体験談を読んで、「もしかしたら、私もカサンドラでは?」と思った方は、 カサンドラ症候群、アスペルガー症候群チェックリストつき『カサンドラ症候群とアスペルガーに関する情報』を読んでみてください。

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