カサンドラたちの夜明け#02

私は夫のメイド。都合よく使われ続ける苦しみ

 夫や同居相手などパートナーとの人間関係において、心穏やかな愛を育むことが出来ず、理不尽や不条理な状況に追い込まれ、社会からも理解してもらえないことに苦しむ「カサンドラ症候群」。この問題にフォーカスをあてた新シリーズ『カサンドラたちの夜明け』の第2回目は、夫に支配され続けてきた女性の気づきと再生のお話です。夫から長年、まるでメイドのように扱われ続けた彼女が、そこから抜け出すまでに辿った道は、どんなものだったのでしょうか?

カサンドラ症候群とアスペルガー症候群
カサンドラ症候群は、あらゆる対人関係において起きうるものの、パートナーがアスペルガー症候群である場合に起こることが圧倒的に多いと言われます。カサンドラ症候群とアスペルガーに関する情報は、こちらを参照にしてください。(監修:Dr.ニック、グッドイヤー・ジュンコ)

夫に消されていく「私」という人間

  • 畠山かおりさん(44歳、仮名)
  • 婚姻期間:6年(離婚)
  • 子供の有無:なし
  • 現在の職業:某大手貿易会社に派遣社員として勤務
  • パートナーの仕事:IT関連会社部長
  • パートナーのアスペルガー症候群検査有無:していない

質問:元夫との出会い、結婚することになったきっかけを教えてください。

 彼は元同僚なんです。以前は私も、彼が現在勤めているIT企業の国際部で働いていました。彼は開発部門で、私は海外営業。彼がリードする商品はことごとくヒットし、それを常に冷静にまとめていく彼はとても魅力的でした。誰よりも頭が良くて、いつも悠然としていて、女子社員の間でも常に人気がありました。ある時、海外の展示会出張に彼と一緒に行くことになり、それをきっかけに付き合うようになったんです。周囲からは随分うらやましがられたので、今思い返すとあの頃が幸せの頂点だった気がします。30歳半ばにして訪れた幸せでしたから、格別でした。

質問:元夫の言動に初めて違和感を覚えたのは、いつですか?

 私たちは交際から1年ほどでゴールインしましたが、結婚式の準備の段階から、「あれ?」と思うことが増えていった感じです。結婚式は双方の合意で「割り勘」にしたのですが、同じ会社だったので仕事関係者の招待客がとても多く、結構なお金が必要でした。彼から「とりあえずXXX万円、僕に預けてくれる?」と言われて、私は何も考えずにそのお金を彼に預けたのですが、予算はすべて彼が仕切り、私は口を出せない感じになりました。たとえば引き出物なども「僕が決めるから」と言って、私の意見は聞いてもらえない。ウエディングドレスも「君はこれが似合うよ」と言って、私が気に入ったドレスは選ばせてくれない。

 さすがにイライラして、その思いを彼にぶつけましたが、「花嫁さんはストレスなしで、キレイでいればいい。エステでも行っておいで」と、彼の親戚が経営するエステに半ば強制的に通わされました。それでも当時は、「彼は私を気遣ってくれているんだ」と思うようにしていました。彼は優しかったし、私のためを思ってエステに送ってくれたと思ったので。

質問:結婚後、彼が独断で決めてしまうことが増えましたか?

 何でも仕切ってくれることは彼の「男らしさ」だと思っていたので、「えっ?」と思うことはあっても、最初の2年くらいは幸せでした。今思うと、外出してもレストランを決めるのは必ず彼でしたし、旅行先を決める時も私に決定権はなかったので、ちょっと仕切りすぎではないかと思ったことはありましたが、生活には支障がなかったんです。

 ところが2度目の流産を経験してから、彼は次第に変わっていきました。「子供を授かることを第一に考えよう。流産体質の君が心配だ」の一点張りで、結局、私は仕事を辞めさせられました。ところが私が家庭に入ると、彼は私を気遣うどころか「君は家にいるんだから」と言って、私の自由を奪うようになったんです。

 私の毎日は彼の世話をするだけとなり、それまでは少し手伝ってくれていた家事の一切は私がすることになりました。それは専業主婦だから仕方ないとしても、毎月渡される家計費5万円以外は、お金の自由がなくなってしまったんです。結婚してからは、私のお給料や働いて貯めてきた貯金も、彼が預かると言って私の通帳は鍵付きの金庫に入れられてしまい、自分のお金の出し入れもし難くなったんです。だから美容院でさえも、彼の許可なしでは行けなくなりました。その金庫の鍵は彼だけが持ち、頼んでも私には渡してはくれません。次第に私は自信を失い、自分を見失っていきました。以前は得意な英語を使って海外に頻繁に出張し、自信をもって生きていたのに……。彼はそうやって「私」という人間を消していったんです。

私はメイド。「不妊治療」という名の虐待

質問:お金の自由以外に、彼は他にもあなたから何か奪いましたか?

 「尊厳」でしょうね。もともと仕切りたがり屋の彼の性質が年々酷くなって、会社から1日に何度も電話を掛けて、私の行動を見張るようになりました。月にたった一度、友達とお茶に出かけることも難しくなり、私は「彼のためにだけに」生きる人間になっていったんです。

 そのうえ彼は、家計費以外のお金は全部、自分の趣味につぎ込むようになり、毎日のように漫画やら意味不明なガラクタを買っていました。夫婦間のコミュニケーションも冷え切っていき、毎日食事を用意しても「おいしかった」の一言さえ言わないし、自分の友達には贅沢なプレゼントを平気で渡すのに、私には花1輪も買ってくれませんでした。家じゅうに溢れる彼のものを見て悲しみが止まらなくなり、一度泣きながら文句を言いましたが、「僕にはリラックスが必要なんだ。働いているのは僕なんだから」と逆に怒られてしまい、私の気持ちなんて聞いてもくれませんでした。だから彼にとって私は人生のパートナーではなく、単なるお手伝いさん、メイドのような存在なのだとずっと思っていました。

質問:それでも二人で子供をつくる努力はなさったのですよね?

 私の人生最大の苦痛が、「子供を持つための努力」だったと言っていいと思います。2度目の流産の後、妊娠できなくなったので不妊治療を始めましたが、私は自分を「彼の子供を産むためだけの機械」のように感じていました。彼が自分の欲求不満を解消したいときと、妊娠しやすい日だけベッドを共にしましたが、優しさのかけらもない、おざなりのセックスは私の心を蝕むだけでした。生理が来るたびになじられて「女性として何かがおかしいんじゃない?」などと言われ続けて……。今では、私は「不妊治療」という名の虐待を受け続けていたのだと思っています。

質問:不妊治療はどのくらい続けたのですか?

 結婚2年目の終わりから、離婚を決意するまで、合計3年もがんばりました。その間、彼の横暴さは日ごとに増し、耐えられないようなことが増えました。そのうち私は、夜中に急に胸が苦しくなって眠れなくなるようになって……。ある日、とうとう我慢できなくなって「もう不妊治療はしたくないし、1人になりたい」と彼に告げました。それを聞いた彼は「役立たずめ」と言い放ち、外に出て行きました。この一言を聞いて、私の心は決まったんです。翌日、酔っ払って帰って来た彼に「離婚したい」と告げました。

尊厳を取り戻すために……カウンセラーとの出会い

質問:彼はすぐに離婚に応じましたか?

 いいえ、最初は泥沼でしたよ。彼は離婚したって私には家も車も、彼に預けてある私のお金も何ひとつ渡したくないと暴れたので。車や家財道具はともかく、当時住んでいたマンションの頭金はすべて私の両親が用意してくれたので、彼の持論は私の親を激怒させました。それで、すぐに弁護士を雇ったんです。彼と話していても埒が明かない状態だったので。

質問:ご両親や弁護士以外に、誰が離婚をサポートしてくれましたか?

 カウンセラーさんです。弁護士さんとのやりとりで強く言われたのが、「ご主人があなたにしてきたことは、虐待です」ということでした。当時は身も心もボロボロで、結婚が上手くいかなかったことも、彼の本性を見抜けなかった自分も嫌で嫌でたまらなくなっていて、私は完全に自信を喪失していました。自分を責め続けて、自分はどうしようもない人間だと思っていました。

 そうした自己否定感を払拭するために、弁護士さんが紹介してくれた心療内科に通うことになったのですが、そこで出会ったカウンセラーさんのおかげで、今の私があると思っています。カウンセラーさんから「自己愛性人格障害」という障害があることを教えてもらったり、私のような夫婦関係に陥っている女性が少なくないと知ることもできました。こういうことを、もっと早く知っていれば、こんなに苦しまなくても良かったのではとも思っています。

質問:カウンセリングを受けて、何が一番、救いになりましたか?

 私は「私」でいいということを、思い出させてくれたことです。最初は何を話しても泣き言しか出ませんでしたが、カウンセラーさんが辛抱強く私の話を聞いてくれました。そのうちに、心の底の方に沈んでいた「このまま後悔するだけの人生を送りたくない」という自分の気持ちを、だんだん肯定できるようになったんです。自分の尊厳を取り戻したい、もう一度がんばろうと思えるようにもなりました。

 元夫から受けたことは虐待だったかもしれないですが、自分を責め続けて、自分には価値がないと思うように追い込んだのは、私自身の完璧主義が原因だったのかもしれないと考えるようにもなりました。そう考えられるようになったのは、大きなプラスだと思っています。カサンドラ症候群は、頑張りすぎる女性がなりやすいそうです。だから今、もしも私のように苦しんでいる人がいるなら「そんなに頑張らないでいいんだよ」と伝えてあげたいです。

40歳半ばから「自分の人生」の土台を再構築するということ

質問:離婚の際、彼は誠意を見せてくれましたか?

 はい、弁護士を入れての話合いが始まったら、彼はすぐに離婚に応じてくれました。きっと彼のプライドがそうさせたんだと思います。住んでいたマンションも売却し、預けていた通帳も、両親が払ってくれた頭金も戻ってきたので、ほっとしました。最後には短い手紙もくれたんですよ。こんなに酷い彼の話を聞いた後には信じられないかもしれませんが、手紙には感謝と謝罪の言葉が綴られていました。プライドの高い彼が最大限、見せてくれた誠意だと思います。

質問:今はお仕事を再開されたそうですね?

 今は派遣ですが、正社員として雇ってくれる会社を探しつつ、いつかは独立したいという夢も持てるようになりました。私は帰国子女なので、英語が出来ます。年齢は40代半ばになってしまいましたが、ようやく自分の人生を取り戻したのだから、努力したいと思います。私は、恐らくもう子供を産むことはできないでしょうし、再婚できる自信も今はありません。それを考えると時々、涙が止まらなくなることはありますが、それでも人生は続いていくので、前を向いて歩きたいと思っています。

あなたの悩みもカサンドラ?

 一時は自分を完全に見失ってしまったけれども、離婚することで第二の人生を踏み出したかおりさん。彼女の体験談を読んで、「もしかしたら、私もカサンドラでは?」と思った方は、 カサンドラ症候群、アスペルガー症候群チェックリストつき『カサンドラ症候群とアスペルガーに関する情報』を読んでみてください。

 

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