𠮷田薫、「わたし」の物語

おひとり様-「凛」として生きる

 みなさま、はじめまして。
この度ご縁あって、このコラムを執筆させていただくことになりました
𠮷田薫です。50歳を過ぎて数年、アラフィフの独身です。趣味が小説を
書くことだったのですが、今回ライター・デビューが出来ました。
なんとなくちょっと夢に近づいて嬉しいです。(笑)

 今日はは初めての回なので、すこしだけ自己紹介を兼ねて「わたし」の
物語にお付き合いください。

 30代には仕事に夢中になっていた私。自分が育った東京の下町が嫌いで、
都心にこだわり、世田谷区や品川区などで一人暮らしをしてきました。
小さいながらも誰にも気遣いなく過ごせる時間は楽しすぎて、一人でいる
自分に焦りながらも、40代後半は「まだ間に合う」と思っていました。

 ところが、人生はずっと「今のまま」ではないのだな、と思えることが
起こったんです。体調を崩して、入退院を繰り返すことになってしまいました。
結局、仕事を辞めて、あんなに嫌いだった実家のある荒川区に戻ることに
なったのです。47歳の時でした。

 幸い病気からは1年ほどで回復したのですが、体力が落ちたことや、
親の介護が始まって、結局、荒川に住み続けることに。長年経理の仕事を
してきたので地元でも仕事はすぐに見つかり、今に至ります。

 小さな精密機械工場が今の職場。高層ビルが立ち並ぶ都心の前の職場が
懐かしくて、最初は心にぽっかり穴が開いてしまい、ボーっする日々でした。
そうこうしているうちに両親が立て続けて亡くなり、心は心底クタクタに。
気づけば50歳を超えていた……という感じです。

「おひとり様」と呼ばれて

 人生は、上手くいくこともあれば、上手くいかないこともあって、
いろんなことのタイミングで、意図せず進む方向が変わっていくんだな、と
感じます。40代後半から数年は本当に辛いことも多くて、何となく人生を
諦めていた気がします。

 けれど「人生捨てたものじゃない」とか、「諦めないでいいんだ」と
思えることが私の人生にも起こって、ここ数年は小さなたくさんの
楽しみや喜びに囲まれるようになりました。

 「おひとり様」になったことも、実家がある荒川に戻ってきたことも
たぶん意図していなかったことだけど、それがなかったら今の自分は
いないし、ちょっと心に思っている「あの人」にも出会うことは
なかったなぁ
、と思います。

 おひとり様を生きるのって、確かに大変。不安とか孤独に
潰されそうにすぐなるし、気づけば誰とも話さず週末が終わって
唖然とすることもある。

 でも、どんな毎日でも「いいお天気だな」と思えるように
雨降りでも笑顔を忘れずにいられるように、私はおひとり様を
「凛」として生きたいと思っています。

気になる愛しの「あの人」のこと

 私は今、恋をしています(笑)
相手は小説を書くサークルの先生をしている方です。
病気になって家に引きこもっている時に紹介してもらった会で、
最初はメールなどオンラインの交流だけだったのですが、
今は毎月1回、サークルのオフ会にも参加しています。

 先生は私よりも少しお若いのですが、本当に素敵で。
彼が結婚しているのかどうかも分からない。その会に行くだけでほっこり、
何となく温かな気持ちになるんです。

 ちょっと白髪があって、眼鏡が似合って。
中肉中背だけれど、パソコンを打つときの手の動きとかが
何というか力強くて。こんな気持ちは久しぶりです(笑)。

 一方的に思っているだけだし、今後どうこう……ということもあまり
期待はしていません。けれど、50歳を過ぎても人を好きになれる気持ちとか、
ドキドキしたり、ワクワクしたりすることは嬉しくて
、毎日生きてて
よかったなぁ!と感じています。

 最初の回、なんだか取り留めがなくなってしまいましたが、
私のことを少し知っていただきたくて、いろいろ書いてみました。
小さな喜びとか楽しみ、日々のちょっとしたことへの感動など、
みなさまと分かち合えたらとても嬉しいです。どうぞよろしくお願いします。

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